━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第2号 ━━
かつて、私は毎年入って来る新入社員に特許教育を行っていた。その数、数千人にも及ぶ。
しかし、学生時代に特許の講義を受けた人はいても、実際に自分で特許を出した経験者はいなかった。
かく言う私も、理工学部出身でありながら学生時代に特許を出したことはない。
「特許」と聞けば、早口言葉くらいしか連想できず、入社して特許部に配属された時、正直自分の将来を悲観したことを覚えている。
しかし、いざ特許の世界に身を置いてみると、そこがとんでもない世界であることに気付かされたのである。
衝撃的だったのは、自分には『権利』という意識が全く欠如していたことを思い知らされたことである。
特許で最も大切なのは、『他人の権利は尊重し、自分の権利は正当に主張する』こと。
「お金で買えるものは何ですか?」という問いに、大抵の日本人は、「商品、サービス」と答える。これに対して、欧米人は、「所有する権利、使う権利、楽しむ権利」と答える。
即ち、多くの日本人は、商品というモノ、サービスというモノをお金で手に入れようと考えているからである。だから、不良品を購入した日本人は、正常な新品と交換してもらえば納得するのである。
一方、欧米人はモノの交換だけでは納得しない。使えなかったこと、楽しめなかったことへの保障を求めるのである。楽しく使う権利を害されたことへの不満が解消されなければ納得できないのである。
米国訴訟において損害賠償額がとてつもなく高いのは、『権利』に対する絶対的尊重の現れというべきか。
ここで言いたいのは、学校教育の中で特許法の講義をもっと増やそう、
ということでは決してない。
『他人の権利は尊重し、自分の権利は正しく主張する』という権利意識を
若いうちから醸成させていく必要がある、と言いたいのである。
そのための手段として、特許は最適なツールといえる。
何故なら、特許はオリジナリティを基本とし、他人の物真似を許さない
ことを絶対条件としているからである。
他人の権利を尊重した上で自分の権利を獲得する、それが特許なのである。
良い特許を見た技術者が、皆、
「すごい、この人こんなことを考え付いたんだ」とか、
「なかなかいい発明だ。先を越されてしまったか」といった感嘆の声を洩らす。
そして、それをさらに凌駕するための努力を強いられることになる。
こうして特許に馴染んでいくことで、自ずと権利意識が芽生え、
更にそれがチャレンジへと変わっていくのである。
良い特許に出会ったことで、悩み、苦しみ、やっとの思いで新たなアイデア
を見つけ出した時の達成感と自信に満ち溢れた技術者の顔を忘れることは
出来ない。
そして、もうひとつが、『目的意識』の醸成である。
新入社員は、配属先が決まると、上司や先輩からやるべき仕事を与えられる。
初めのうちは、仕事内容の習得や、必要な情報の収集・分析で時間を取られ、
慣れてくると次々と与えられる仕事を時間までにこなすことに精一杯の日々
を過ごすことになる。いつしか、ロボットのように、やれと言われたことを
ただ淡々と処理する生活の繰り返しに気付くものの、後戻りは出来ない。
自分は、何のために、何を目標に仕事をしているのか?
こんな疑問を考える暇もなく時間は過ぎていく。
ただ、やれと言われたことだけを漫然とこなすだけでは、進歩するはずもない。
「2対8の原理」
2割の人間が8割の仕事をし、残りの8割の人間で2割の仕事をする、
といわれているが、実社会では全くその通りである。
即ち、8割の人間が夢も希望もない機械ロボットになってしまっている。
もしも、この8割の人間が、何のために、何を求めて仕事をしているのか
という明確な目的意識を持っているならば、会社の業績は飛躍的に伸びる
はずである。
特許には、目的(何の為に)・構成(何をすれば)・効果(どうなるのか)
の3要素が必要である。
私は、この中で最も重要なのは、目的(何の為に)であると思っている。
「必要は発明の母」というが、正に何が必要なのかをしっかりと理解して
おかなければ、構成(何をすれば)も効果(どうなるのか)も危ういもの
となってしまう。
特許は、目的がしっかり定められていて初めて完成出来るものと考えている。
こんな経験をした。
ある時、部下に「明日までにこの報告書を10部コピーしておいて」と
頼んだことがあった。部下は、きっかり10部のコピーを時間までに
渡してくれた。
しかし、その報告書には大変な誤字があったことが、会議の席上で発覚
し、大恥をかいてしまった。勿論、誤字を記載した私の誤りである。
別の日、別の部下に「明日、お客様に説明するので、これを10部コピー
しておいて」と頼んだ所、彼は昼休みを使ってその資料を丹念にチェック
してくれた。誤字や計算違いがないか見てくれていたのである。
「お客様に説明するので」という目的を伝えるか否かで、こんなに違いが
でるのかと、気付かされた経験であった。
人は、目的を理解することで、自分が何をしなければならないかを考え出す
ことが出来るのである。
目的意識を持たせることが如何に大切であることか。
目的を告げず、結果だけを優先するのは人財育成にとって大きな仇となる。
何をやりたいのか、という目的(必要性)がブレさえしなければ、
人は極めてロジカルな発想が出来るのである。
『人を育てる特許』・・・私は、これを目指したい。
次回は、「学生に特許を!」について私見を述べさせて頂きたい。
それでは、また。
編集後記
出来る限り、実体験をもとにこの手記を書いていきたいと思っています。
恥ずかしい話も出てくるかと存じますが、笑い飛ばして頂ければ幸いです。
発行人:知財法務コンサルタント 堤 卓一郎 (元企業知財法務部長)
埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。