━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第3号 ━━
以前、仕事でお付き合いがあった大手企業の幹部役員の方々と会食した折、
こんな話を出してみた。
「どうも最近の若い技術者は、将来に対して明確な目標を持っている人が少ないように見える。会社に入ってから目標を探そうとする人たちは、すぐ転職に走ってしまう傾向が強い。
そこで、会社に入る前にはっきりとした将来目標を立てさせる手段として、学生に特許を取らせて、それを活かせる会社に就職させる仕組みを作ったらどうだろうか?」
これに対して、
「いいアイデアだ! 全く同感。 そんな人達にこそ来て貰えたら有難い。
外国では既に、そんな学生が増えているようだ。」
皆さん、非常に肯定的であった。
一方、大学はどうか?
どの大学も、産学連携推進本部を置いて、自分の大学の研究成果を保護、管理
する機能は持っているようだ。
しかし、学生個人に特許を取らせる仕組みを持っている大学は探せなかった。
大学の研究成果を特許で押さえること自体、異論を唱えるつもりは毛頭ない。
それは、それで大変結構なことだと思う。
ただ、本来、大学という所は人を育てる場所であるべきではないのか!!
いくら知財の法律や制度を説いてみたところで、弁理士志望の学生なら兎も角、
技術者や研究者を目指す一般の学生には、強く響かないのではあるまいか。
事実、彼らは特許を出すために入社するのではなく、新しい技術を開発したり、
モノを作ったりするために会社に入って来るのである。
前号で述べた『権利意識』や『目的意識』は、法や制度の理解だけで身に付く
ものとは思えない。実際に知財部で苦労してみるとよく分かると思うが・・・
学生に特許を取らせる仕組みを作ることで、
・自分がやりたい事の将来目標を設定することが出来、更に
・それを自信にして希望する会社に自分を売り込むことが出来る
「会社が人を選ぶのではなく、人が会社を選ぶ」・・ そんな就活を
是非やらせてあげたい。
もう一つ、大切なことがある。
特許を取る上で、最も大事なことは何か?
特許の教科書には、新規性や進歩性、記載不備のない特許明細書、云々と書かれているが、
私は、『諦めない心』と『本質を見抜く力』だと言いたい。
特許の仕事をしていると、発明者が考えたアイデアと極めて類似した他人の特許に遭遇する。
自分のアイデアに似た他人の特許が存在するということは、それだけそのアイデアが必要とされていることに他ならない。にも関わらず、「ああ、もうダメだ!」 と、諦めてしまう人が案外と多い。
しかし、そこで諦めてしまったら、決して発展は望めない。
特許は、そこからが始まりなのである。
では、どうすべきか?
そこで必要となるのが、『本質を見抜く力』である。
他人の特許を丸写ししたのではなく、自分なりに苦労して考え出したアイデア
ならば、必ずどこかに違いがあるはずだ。
ただ、漫然と字面や絵面を眺めているだけでは、その違いに気付くことはない。
このような時、私が必ず言うことは、
「何をしたかではなく、何をしたかったのかを、もう一度見極めなさい」
ということである。
やった結果だけを比較しても決して違いは見えてこない。
「自分は、一体何をしたかったのか!」、ここに立ち返って見ることで、
同じように書かれた言葉や、同じように描かれた一本の線でも全く違って
いることに気付く。
「本質を見極める」とは、結果の比較ではなく、思想の比較なのだ。
特許とは、自然法則を利用した技術的思想の創作、なのである。
私は、特許の仕事を通して、「決して諦めない心」が「本質を見抜く力」を育むことを学んだ。
特許教育の席上で、私は、技術者に「あなた達は、二つの壁を乗り越えなければならない」と言っている。
一つ目は、目に見える壁、そして、二つ目は、その後ろに隠れている壁。
ある時、技術者が私の所に来て質問した。
「渡された回路図通りに作ったが、どうしても出力が足りない。だから、
ここに出力増幅用のアンプを入れた。これって、特許になりますか?」
私は、「このアンプは、この場所にしか置けないの?」と聞いた所、
色々試してみたが、ここが最適であると確信した、とのこと。
私は、
「成程、ここにしか置けない技術的根拠があるんだね。だったら、特許に出来るよ。でも、この特許はその場凌ぎでしかない。次に、また同じことが起きるはず。君が解決すべきことは、アンプを入れることじゃなく、回路設計者に設計の見直しを伝えることじゃないの?」
後日、彼は、回路設計者を連れて「部品を増やさなくても、ちゃんと出力が保証できるアイデアを二人で考えました」と言ってやってきた。
その晩飲んだ酒は、いつもよりずっと美味しく感じたのを覚えている。
『諦めない心』と『本質を見極める力』を、是非とも学生に習得させてやりたい。それが、会社に入ってきっと役に立つと信じているから。
次回は、「学生に特許を!」の後編を記したい。
それでは、また。
★ 編集後記
一日に一人ずつ読者が増えているのをみて、大変心強く感じています。
「人を育てる特許」の実現に向け、頑張りたいと思います。