知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

中小企業の知財戦略  (その2):第6号

2013年12月23日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第6号 ━━

 

ある部品メーカの話。

 

製品の薄型化を計画している装置メーカから、当時業界で最も薄い部品を製造していた部品メーカ(A社)に声がかかった。

 

A社の営業担当が装置メーカを訪ね、自社の部品を見せた。

 

装置メーカの担当者は、試作品にその部品を実装してみて、これならいけると、GOサインを出した。

 

その時、営業担当に同行して、その様子を横で見ていたA社の技術者は、試作品を見て、もっと薄型化できそうだと閃いたそうだ。

 

彼は、部品の表面に取り付けてあった出力端子に注目した。

 

この端子が部品上面にあるため、接続用の配線コードが部品の上を這うような構造になっていたのだ。

 

会社に戻った技術者は、早速、出力端子を部品の側面に配置できるように全体構造を改良して、再度装置メーカを訪問した。

 

装置メーカの担当者は、これを見て目を輝かせ、これなら当初計画していた薄さより更に薄く出来ると言って、技術者の努力に多大なる敬意を払ったそうだ。

 

出力端子を部品側面に配置することで、それまで配線のために必要だった部品の上部空間が不要となり、その分だけさらに厚さを薄くできるからだ。

 

事実、その装置は、超薄型と銘打ったヒット商品になった。

 

私は、この話を聞いて、技術者の観察眼の鋭さに驚かされたと共に、装置メーカのために自ら部品の改良に取り組んだ技術者の意識の高さに心から感服した。

 

これこそ、カスタマイン思考の原点というべきであろう。

 

このアイデアは、部品の薄型化ではなく、装置の薄型化を実現したことから、A社は装置特許として出願し、その権利を装置メーカに有償で譲渡した。

 

これが、その後、装置メーカが競争優位の地位を維持していくのに大きな役割を果たしたという。

 

部品や部材を製造する企業は、部品そのものの特許を出すことに金と時間を費やしている。

 

しかし、大切なのは、それらが使われる装置の特許にも眼を向けることではないだろうか。

 

装置特許は装置メーカが出すはずだ、といった固定観念は捨て去るべきだ。

部品屋からしか見えてこない装置特許というものが必ずある。

 

そして、時として、それが会社にとって非常に重要な特許となる例は決して珍しいことではない。

 

自分が作った部品がどのように実装されているか、最高のパフォーマンスが出せるように使われているか、等々、一歩先まで踏み込んだ装置メーカにとって嬉しい特許。

 

これは、装置メーカを攻めるための特許ではなく、装置メーカを守るための特許である。

 

このような特許を上手く活用することで、取引先との堅い信頼関係を築くことができる。

 

その結果、上下の壁がなくなり、自然と円滑なコミュニケーションや協力体制が生まれてくるのだ。

 

『自分のためではなく、相手のためになる特許』

 

それが、金銭よりももっと大きな企業価値を産み出すことを知っていただきたい。

 

そして、そのような特許を持っている会社が、本当に強い会社だといえる。

 

装置メーカの立場にいた私は、取引している部品メーカのライバルにあたるメーカから、

 

「今、御社が使っている部品は、弊社の特許に抵触しているから、使用を止めて弊社の部品に切り替えていただきたい。」という書簡を幾度となく受け取った。

 

その時、必ず私は今取引している部品メーカとの信頼関係をヒアリングして、信頼に足ると判断した時は、その部品メーカと協働して回避策を考えたり、カウンター特許を探したりして、徹底的に対抗した。

 

勿論、部品メーカも必死になって協力してくれた。

 

これを機に、両社が素晴らしいアイデアを出し合える土壌を作ることもできた。

 

特許を脅しの道具にしか使えない会社は、決していい会社とはいえない。

 

そのような会社は、ただ特許を出すこと、取ることだけが知財戦略だと考えているようだが、そんなのは戦略とは言い難い。

 

何のために特許を出すのか!

 

その目的が明確であってこそ、価値のある強い特許が生み出せるのである。

 

中小企業が生き残っていくためには、信頼こそが最大の武器ではないだろうか。

 

特許で小金を稼ごうなどというセコイ考えは捨てて、信頼という、より大きな成果が得られる知財戦略を立てるべきだと思う。

 

『装置メーカが部品メーカを育て、部品メーカが装置メーカを育てる』

 

その橋渡しとなる特許をお互いが出し合える仕組みを作る、そういう知財戦略が必要である。

 

技術者同士の交流や、双方の事業計画の定期点検、消費者からの声の共有、等々・・・

 

今までとは少し違った角度から、知財戦略を見直して見ることも必要なのではないだろうか。

 

将来展望がはっきりと見える場を、現場の技術者に分かり易く提供する施策、それが具体化されている知財戦略こそが、優れた戦略なのだと思う。

 

次回は、製造から販売までを手掛ける中小企業の知財戦略について考えてみたい。

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

知財を『痴罪』、法務を『法無』といって、自分を戒めていた頃を思い出します。失敗と反省はペアで大事ですよね。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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