━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第16号 ━━
長年、特許侵害事件を扱っていると、交渉の場でも、訴訟の場でも、つくづく『説得力』が非常に重要な鍵を握っていると感じる。
特許屋は重箱の隅をつつくのが好きな人達だと、よく言われるのを耳にする。
確かに、白を黒といい、黒を白というためには、些細なことにも気を遣わなければならないから、そういう習慣が定着してしまっているのだろう。
しかし、意味もなく、ただ重箱の隅を眺めている訳ではない。
一見見過ごしてしまいそうな所に、重大なヒントが隠れている例は、常々経験していることでもある。
そんな小指の先程の違いを見つけ、「なるほど!!」と感心させるためには、『説得力』がものをいう。
かつて、この説得の仕方は素晴らしい、と感じた例を紹介したい。
それは、「ワンタン VS.ギョーザ」の争いである。
主人公のワンタン特許は、皮の中央部に具をのせた後、皮を二つ折りにたたんで、具の周りを全線状もしくは破線状に密着させる自動ワンタン製造機だったと思う。
これに対して、同様の方法でギョーザを作る特許を出してきて、特許庁は、ワンタン特許には特許性がないと判断した。
この特許庁の判断に、猛烈に抗議したのがワンタン特許の出願人である。
その抗議内容が素晴らしかった。
普通、特許庁から上記のような判断(いわゆる、拒絶理由)をもらうと、大抵の人は、次のような意見書を出すであろう。
・ギョーザとワンタンは、形が違う!
・具の大きさも違う!
・皮の形状も違う!
ところが、先のワンタン特許の出願人は違っていた。
昔のことで、かなり記憶が薄れており正確ではないが、意見の趣旨は次の通り。
・そもそも、ギョーザとワンタンは、全く別異の食べ物である!
・ギョーザは具を食するものであるが、ワンタンは皮を食するものである。
・ワンタンは、漢字で雲呑(=雲を呑む)と書く。
・ワンタンの命は、この雲を呑むような皮の食感にある。
・事実、スープに入れると、ギョーザは沈むが、ワンタンは浮くではないか!
・一方は沈み、一方は浮く。 これが、同じと言えるか!?
単に、「形が違う、大きさが違う」と、表面的な相違を主張するのではなく、
ギョーザとワンタンの根本的な食の違いを導入部に入れ、そして、それぞれの特徴を端的に言い表し、最後は、スープの中での全く相反する模様で締めくくる。
実に、見事な説得力である。
特許でいう構成上の違いは、
ワンタンの方は、二つ折りにした皮の周辺は密着しておらず、互いに離れているため、スープに入れて茹でると、皮が羽を拡げたようにヒラヒラとなびきスープの水面に浮き上がるが、
ギョーザの方は、具が飛び出さないように二つ折りにした皮の周辺をしっかりと密着させなければならないので、スープの底に沈んでしまう。
と、言いたいのであろう。
皮の周囲が、くっついているか、否か、これが、決め手なのだ。
さすがに、特許庁も当初の判断を覆して、特許として認めざるを得なかったようだ。
『説得力』とは、構成の違いをただ羅列するのではなく、まず、思想の違いを明確にして真っ向勝負を挑み、そこから一切ブレることなく、効果の違いを主張する。そして、その違いが現れる構成の違いに焦点を当てていく。
すなわち、構成から入って、効果の違いをいうのではなく、思想から入って、効果、そして構成へと順に繋げていくアプローチ。
これが、人を惹きつけ、その心をしっかりと掴み取る秘訣なのだと思う。
前回の手記で、「特許も、見た目が大事」と言ったが、
この見た目の大事さを相手に納得させる『説得力』があれば、特許屋としては、正にプロと云えるのではないだろうか。
それでは、また。
★ 編集後記
私は、昔からギョーザ派だったが、この話を聞いて不思議と「ワンタンも
アリかも・・」と思うようになりました。
相手だけでなく、周囲の人までも変えてしまう魅力的な説得力に心底感服致しました。