知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

知財改革への取り組み (その8):第17号

2014年3月10日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第17号 ━━

 

最近、アップルとサムソンのスマホ特許戦争が、何かと話題になっている。

 

両社は、世界各地で50を超える熾烈な訴訟合戦を繰り広げているようだ。

 

そして、最近、米カリフォルニア地裁が、サムソンの特許侵害を認め約960億円の損害賠償を支払う判決を下したとの報道もあった。

 

これは、昨年下された陪審員の評決額に迫る高額賠償である。裁判所の判決額と陪審員の評決額が、ほぼ等しいというのは驚きであるが、

 

これだけスマホが普及し、年間10兆円を売り上げるサムソンであれば、過去分だけでも相当な賠償額になるはずだ。

 

しかし、注目したいのは、賠償額よりも販売差止めの請求が認められなかったことである。

 

普通、特許侵害訴訟で、侵害が認められた場合、損害賠償だけでなく、同時に販売差止めも下されるのだが、今回は違っていた。

 

これは、サムソンが特許を侵害したとしても、それだけで今後のアップルの販売活動に重大な影響は及ばないと、裁判所が判断したからだと推測される。

 

スマホ業界で世界シェアNO.1とNO.2の両社のカリフォルニアでのガチンコ勝負は、1勝1敗の引き分けと見て良いのかも知れない。

 

しかし、何故、これほどまでに泥沼の戦いになったのであろうか?

 

私には、アップルもサムソンも、何か意地と意地の戦いをしているように見える。

 

判決が下った後も、両社は和解に向けて話し合いをしたそうだが、先日の日経新聞によれば、両社の弁護士は、「現時点で和解の計画はない」と語ったそうだ。

 

これだけ、訴訟が長引けば、今回に限らずこれまでにも互いに幾度となく和解交渉の場を持ったはずである。

 

それでも、和解が出来ないところを見ると、この訴訟は行き着く所まで行かないと解決できないような気がする。

 

訴訟で大事なのは、法廷論争もさることながら、和解交渉も決して無視することはできない。

 

いや、むしろ和解交渉でスムーズに解決できるケースの方が多いと思う。

ただ、和解交渉で両社が歩み寄れるチャンスは、ほんの一瞬しかない。

 

そして、その一瞬とは、訴訟に入る前の比較的早い時期と、訴訟に入った後のディスカバリ(証拠開示手続き)のタイミングの2つしかないのだ。

 

これを逃すと、和解の確率は著しく低下する。

 

別に、和解を推奨する訳ではないが、和解交渉の場は、法律論争の場ではなく、ビジネス論争の場であることは確かだ。

 

従って、弁護士抜きで当事者同士が胸襟を開いて臨まなければならない。たとえ、敵同士であったとしても・・。

 

そして、和解交渉に必要な情報とは、侵害の有無に関する技術的な情報ではなく、損害を直接的に誘発している真の原因に関する情報である。

 

すなわち、原告となる者の利益が、本当に被告によってのみ失われたのか、また、その原因が特許侵害だけなのか、もしかしたら、他に原因があるのではないか・・等、

 

法廷とは違った局面での話し合いが重要なのである。

 

先程の、アップルとサムソンの裁判で、差止め請求が却下されたのは、サムソンの特許侵害がアップルに与えるビジネス上の被害について、交渉の場で十分な話し合いがなされていなかったと見るべきではないだろうか。

 

恐らく両社の和解交渉は、侵害論に関して、言いたいことを言い合うだけの交渉だったのかも知れない。

 

これでは、「法廷で決着をつけましょう!」ということを互いに確認し合うだけの無意味な交渉としか言いようがない。

 

訴訟を長引かせて得するのは、弁護士なのだ。

 

特許侵害訴訟では、100%原告の勝ちはあり得ないし、100%被告の勝ちもあり得ない。

 

むしろ、白黒がはっきりしないグレーゾーンの幅は、他の訴訟よりずっと広いと思われる。

 

和解交渉をもっと大切にしていれば、こんな泥沼の戦いにまでもつれ込む事態を避けられただろうに・・・。

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

米国の訴訟において、弁護士費用は本当にバカにならないほど高額です。

 

期待する成果も得られないままビックリするような請求書を受け取った愚かな経験が忘れられません(泣)。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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