━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第25号 ━━
(前号の続き)
『身に覚えがない』との回答書をよこした韓国企業の説明は、次のようなものであった。
(以下、韓国企業をK、日本企業(我々)をJとして話合いの概要をお伝えしたい。)
K・・「我々は、御社の特許の恩恵を何等貰っていない。
全て独自で開発したものである。
特許の存在も知らなかった。
なのに、何故金を払う必要があるのか!」
これに対して、
J・・「『知らなかった』では済まされないのが特許の世界
であることは、よくご存じのはず。
特許は、著作権とは違い絶対的独占権だから、
権利に抵触していれば侵害行為とみなされる。
言い逃れは出来ない。」
と反論したところ、相手は、
K・・「それならば、我々も特許を持っている。
あなた方も我々の特許を侵害していると云える」
J・・「確かに、特許を持っておられるのは知っている。
しかし、公表されている特許は事前に調査済み。
我々が侵害していると思われる特許は1件も
なかった。」
相手に攻撃を仕掛ける時、彼我のポジション分析は常套手段
である。我々も、相手の特許調査は十分に済ませた上で警告
したのだから、これには自信があった。
しかし、相手から出た次のセリフが仰天ものだった。
K・・「本当に調査したのか?
我社は、現在、米国特許の買収を進めている。
近々、100件近くの特許を新たに所有することになるが、
それも含めて調査されたのか?」
この答えに意表を突かれたのは事実であった。しかし、もっと驚いたのは、
K・・「買収の対象は、設備や材料関係の特許で、
もし、この中に1件でも抵触する特許があれば、
立場は逆転するはず。
なぜならば、売上高はあなた方の方が大きいからだ。」
確かに、特許の強さは数ではなく売上高インパクトで決まる。1件でも侵害特許があれば、そしてその特許が、設備や材料の特許であれば、我々の全製品に影響を及ぼすことになる。
そうなると、売上高の大きい方が圧倒的に不利なのだ。
以前、米国弁護士から言われたOne patent sticking, Big money moving!
の言葉を思い出した。
彼らは、素人ではない! 交渉のやり方を十分に研究している。
作戦を変更しなければならないかも・・・
とっさに、そう感じた。
眼の前に座っている相手が、誰しも勝ち誇った顔をしているかのように見え始めた。
手を振り上げたのは、こちらの方だ。このまま引き下がるわけにはいかない。
何とかしなければ・・・
しかし、重苦しい空気の中で焦りだけが先行し、次のセリフが出てこない。
その時、ブレークタイムのコーヒーが出てきた。
彼らは、我々の窮地を見越したかのように、
「少し、休憩を取りましょう。コーヒーでもどうぞ。」と言って席を外した。
20分の休憩時間で次の作戦を立てなければならない。
出されたコーヒーを飲みながら、我々3人は、買収特許に対する答えと、
売上高不利の状況をどう打開するかの検討を始めた。
冷静になって考えてみると、
買収特許と云っても、彼等がどんな特許を買ったのかは知る由もない。
また、売上高の差に関しても、承知の上で攻めた訳だから今更驚くことではない。
大事なのは、下手な答弁よりも、相手の弱点を突くことだ。
そこで考えたのが、短期決戦に持ち込む策である。
それは、次号で紹介したい。
それでは、また。
★ 編集後記
交渉の術は、冷や汗と失敗から学ぶものだと思います。
セオリーはありません。教科書にも載っていません。
経験こそが物を言う世界なのです。