知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

経験者が語る知財紛争の教訓 『訴訟への決断!』・・・権利者の裏事情(その2):第25号

2014年5月12日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第25号 ━━

 

(前号の続き)

 

『身に覚えがない』との回答書をよこした韓国企業の説明は、次のようなものであった。

 

(以下、韓国企業をK、日本企業(我々)をJとして話合いの概要をお伝えしたい。)

 

K・・「我々は、御社の特許の恩恵を何等貰っていない。

全て独自で開発したものである。

特許の存在も知らなかった。

なのに、何故金を払う必要があるのか!」

 

これに対して、

 

J・・「『知らなかった』では済まされないのが特許の世界

であることは、よくご存じのはず。

特許は、著作権とは違い絶対的独占権だから、

権利に抵触していれば侵害行為とみなされる。

言い逃れは出来ない。」

 

と反論したところ、相手は、

 

K・・「それならば、我々も特許を持っている。

あなた方も我々の特許を侵害していると云える」

 

J・・「確かに、特許を持っておられるのは知っている。

しかし、公表されている特許は事前に調査済み。

我々が侵害していると思われる特許は1件も

なかった。」

 

相手に攻撃を仕掛ける時、彼我のポジション分析は常套手段

である。我々も、相手の特許調査は十分に済ませた上で警告

したのだから、これには自信があった。

 

しかし、相手から出た次のセリフが仰天ものだった。

 

K・・「本当に調査したのか?

我社は、現在、米国特許の買収を進めている。

近々、100件近くの特許を新たに所有することになるが、

それも含めて調査されたのか?」

 

この答えに意表を突かれたのは事実であった。しかし、もっと驚いたのは、

 

K・・「買収の対象は、設備や材料関係の特許で、

もし、この中に1件でも抵触する特許があれば、

立場は逆転するはず。

なぜならば、売上高はあなた方の方が大きいからだ。」

 

確かに、特許の強さは数ではなく売上高インパクトで決まる。1件でも侵害特許があれば、そしてその特許が、設備や材料の特許であれば、我々の全製品に影響を及ぼすことになる。

 

そうなると、売上高の大きい方が圧倒的に不利なのだ。

 

以前、米国弁護士から言われたOne patent sticking, Big money moving!

の言葉を思い出した。

 

彼らは、素人ではない! 交渉のやり方を十分に研究している。

 

作戦を変更しなければならないかも・・・

とっさに、そう感じた。

 

眼の前に座っている相手が、誰しも勝ち誇った顔をしているかのように見え始めた。

 

手を振り上げたのは、こちらの方だ。このまま引き下がるわけにはいかない。

何とかしなければ・・・

 

しかし、重苦しい空気の中で焦りだけが先行し、次のセリフが出てこない。

 

その時、ブレークタイムのコーヒーが出てきた。

彼らは、我々の窮地を見越したかのように、

 

「少し、休憩を取りましょう。コーヒーでもどうぞ。」と言って席を外した。

 

20分の休憩時間で次の作戦を立てなければならない。

 

出されたコーヒーを飲みながら、我々3人は、買収特許に対する答えと、

売上高不利の状況をどう打開するかの検討を始めた。

 

冷静になって考えてみると、

 

買収特許と云っても、彼等がどんな特許を買ったのかは知る由もない。

 

また、売上高の差に関しても、承知の上で攻めた訳だから今更驚くことではない。

 

大事なのは、下手な答弁よりも、相手の弱点を突くことだ。

 

そこで考えたのが、短期決戦に持ち込む策である。

 

それは、次号で紹介したい。

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

交渉の術は、冷や汗と失敗から学ぶものだと思います。

セオリーはありません。教科書にも載っていません。

 

経験こそが物を言う世界なのです。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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