知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

経験者が語る知財紛争の教訓 『訴訟への決断!』・・・権利者の裏事情(その3):第26号

2014年5月19日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第26号 ━━

 

(前号の続き)

 

短期決戦に持ち込むために我々が採った作戦は、『攻守分離作戦』であった。

 

通常、攻める側は、後々相手から攻め返されないようにクロスライセンスか不争契約を前提に交渉を進めるものである。

 

しかし、今回は、相手が他社特許の買収を進めていること、並びに、攻め合いをした場合、売上高が大きい我々の方が不利であることを考慮し、まずは我々に有利なポジションを確保するため、敢えて攻撃のみに的を絞って交渉する作戦に切り替えることにした。

 

20分の休憩が過ぎて、相手方が部屋に戻って来た時、我々は、こう切り出した。

 

J・・「あなた方がどのような特許を買収しようとしている

のか、我々は知らない。従って、もし、その中に我々が侵害

している特許が見つかったならば、その時その証拠と共に言

ってもらいたい。今は、あなた方が侵害している我々の特許

について、どう解決するつもりなのかを伺いたい。」

 

彼等の最大の弱点は、現時点で我々を攻撃できる特許の準備が出来ていないことである。

 

従って、まずは我々の特許を侵害した代償を彼等から引き出すことが先決であると考えた。

 

これに対して、彼等の答えは、

 

K・・「あなた方の特許を侵害したと認めるには、

時期尚早である。まだ、確認作業は終わっていない。

もうしばらく時間をいただきたい。」

 

こちらの作戦を見破ったかのような、明らかな引き延ばし作戦である。

 

ここで、十分な時間を与えてしまえば、こちらがいつ不利になるかわからない。

 

遅くとも2か月以内には決着をつけなければ。 そう感じた。

 

2か月・・・、その根拠は、

 

恐らく、彼らは開発段階で他社製品の分析をして、ベンチマークしているはずだ。当然、我々の製品も分析済みだろう。

 

しかし、その段階で侵害特許は見つかっていない。とすれば、買収特許の調査に取りかかるだろう。

 

この場合、買収した特許の中から目ぼしい特許に当たりをつけて、それに応じた新たな証拠探しと、その特許の信憑性(審査経過のチェック)も検討する必要があるため、最低2か月の期間は要するはずである。

 

そこで、我々は、

 

J・・「警告状を出してから既に2か月が経過している。

まだ確認作業中なのは信じられない。クレームチャートも

渡してあるので、確認は容易なはず。一体どれだけの

時間が必要なのか?」

 

K・・「2~3か月、待ってもらいたい。」

 

予想通りの答えである。やはり、

 

既に提示してある我々の対価(損害賠償)要求に対する彼等の一次回答を、少なくとも2か月以内に引き出す必要がある。

 

残り2か月、これがこの交渉での重要なターニングポイントとなるであろう。

 

我々の取引先が、彼らに特許を売ろうとしている情報はない。

 

彼等が買収しようとしている特許は、有力企業の特許ではなく、恐らく経営が行き詰った倒産寸前の企業の特許か、もしくは、既に破産管財人の手に渡ってしまった特許のはずである。

 

従って、手に入れたとしても、技術的には既に枯渇した特許か、間もなく権利期間が満了するような特許しかないはず。

 

仮に、訴訟に突入したとしても、過去分請求権しか得られないだろう。

 

であるならば、ここで訴訟の話を切り出してもいいのではないか。

 

むしろ、訴訟で脅す絶好のタイミングは、今、この時なのかも知れない。

 

そう思った我々は、短期決戦に持ち込むために、次のような提案をした。

 

その内容は、次回に。

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

交渉で大切なのは、訴訟を切り出すタイミングです。

これを間違うと、ただの虚仮威かしになってしまい、却って立場が悪くなります。 ご注意を!!

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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