━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第29号 ━━
(前号の続き)
『交渉の原点』・・それは、素直になること。
駆け引きを止め、相手から本音を引き出すこと。
そのためには、こちらが、飾らず、驕らず、本音をぶつけること。
そのタイミングは、今だ。
我々は、売上高不利のリスクを背負いつつも、相手役員の顔をじっと凝視して、こう言った。
J・・「訴訟を避けて契約の意向を示されたことを評価する。また、クロスライセンスの提案に関しても反対はしない。賢明なご判断である。しかし、残念ながら、御社の意向に沿うことは出来ない。
確かに、売上高において我々が勝っているのは事実だ。だが、武器を持った大軍と無防備の小軍が、真っ向勝負を強いられた場合、どちらが有利かは火を見るより明らかである。
従って、我々が御社に支払うという選択肢はあり得ない。
幾らなら出せるのか、その本心を伺いたい。その答え如何では、このままお別れすることになるだろう。万が一、事業撤退が決まったとしても、過去分の負債は全て御社が背負うことになるのは明白だ。
また、事業を売却するにしても、特許侵害という傷のある事業を引き受ける会社はないだろう。」
自棄でも脅しでもない。この時、私は、はっきりと訴訟を決断した。そして、
無意識のうちに、机上の書類を片付け始めている自分に気付いた。
しばらく沈黙の後、相手役員の口が開いた。
K・・「我々は、訴訟を恐れてはいない。何故なら、たとえ負けたとしても、今あなた方から要求されている金額よりもずっと低い額が言い渡されるはずだからだ。」
言い終わった後、彼はうっすらと笑みをこぼした。
これは、サインだ! 私は、とっさにそう感じた。
交渉をまとめるための秘訣・・・
それは、相手に一つだけ逃げ道を残してやること。
これが、私の信条である。
彼のサインは、減額要求だ。やっと、プラスの図式に持ち込むことが出来た。
これ以上、追い込むのは止めよう。そう考えた私は、
J・・「我々は、御社の事業を潰そうと思って来た訳ではない。
いくらならば、契約調印可能なのか伺っておきたい。」
この場面で、こちらから先に金額を提示するのは禁物である。
K・・「半分よりずっと少ない数字なら・・・」
彼等から、支払いの意思表示を引き出した。交渉は、成功である。
『半分』・・これが、社内で決定された額なのだ。
そして、『ずっと少ない数字』・・これが、彼の交渉成果額なのだ。
我々の当初提示額は、トップが決定した額の倍額+αであった。
「では、今夜、会食をしましょう。詳細は、その時に・・」
ホテルへ戻って、ボスに連絡を取り、最終妥結額を決める必要があったからだ。
その夜の会食で、相手役員から、
「韓国人は、表情を読み取るのが上手です。貴方は、それを知って今回の交渉をしましたか?」との質問を受けた。
「とんでもない! 私は、元来正直者ですから。」と、言い逃れた。
きっと、訴訟の本気モードを感じてもらえたのだろう・・・
どこで、本音を出すか! そのタイミングが大事だ。
次回からは、立場を変えて、被告の裏事情を紹介したい。
それでは、また。
★ 編集後記
『交渉』は、とても小説のようにはいきません。
どんなに細かな作戦を立てても、何が起きるか分からないドロドロとした生き物のようです。
いつも、そう感じています。