知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

経験者が語る知財紛争の教訓 『訴訟への決断!』・・・被告の裏事情(その3):第32号

2014年6月30日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第32号 ━━

 

社長を前に、今回の事件について、順を追ってその事実関係を説明し、勝てる確率は正直50%にも満たない旨、報告した。

 

一通り話し終えるまで、じっと聞いていた後、社長の口から発せられた一言。

 

それは、「四分六なら、戦え!」という言葉だった。

 

これは、40%の勝算があるのであれば、残り60%がグレーでも戦ってよい、

という意味である。

 

訴訟にまで発展する可能性のある事件では、真っ白や真っ黒というケースはあり得ない。白に近い灰色か、黒に近い灰色か、いずれかである。

 

『四分六』とは、黒に近い灰色ということになるであろう。

 

訴訟になれば、特許の権利範囲に関する解釈が重要になる。それによっては、白にもなるし、黒にもなる。

 

裁判所が、どう判断するかにかかっている。

 

さらに言えば、裁判官にどう解釈させたいかを説得するのが、原告と被告の論争といえよう。

 

こちらに40%の勝算があるということは、相手に60%の勝算があるという訳ではない。

 

灰色である以上、相手の勝算も40%ということである。つまり、両者、五分五分の戦いと考えてよい。

 

従って、残り20%のグレーゾーンが勝負なのである。この20%を如何に主張し合うかで勝敗が決まるここが、まさに特許屋の腕の見せ所ともいえる。

 

当時、争うのであれば、最低でも50%以上の勝算がなければならないと考えていた私にとって、

 

「四分六なら戦って良い」と言った社長の一言は、まさに、励ましの声であった。

 

すなわち、40%の勝算があれば、訴訟辞さずの覚悟で交渉しても良いということである。

 

社長室を出る頃には、入った時とは違い随分と気が楽になっていた。

 

これまでの検証から、40%の勝算には自信があった。あとの20%をどう戦うか・・・

 

早速、再検討にとりかかった。

 

サブマリン特許である以上、既に知られた技術(公知・公用)であるという立証はかなり難しい(特許を潰すのは困難)。

 

残すは、権利の解釈論で20%をどうやって戦うかに絞られる(特許非侵害の立証)。

 

非侵害の立証で大切なことは、特許が出願された当時の時代背景(当時の技術思想)を検証して把握することである。

 

権利解釈は、現在を基準にして行われるものではなく、飽く迄も出願当時の技術レベルが基準になるからである。

 

後付けや後知恵は、禁物である。

 

非侵害の理論武装に着手したのと時を同じくして、国内の同業メーカ数社から、この事件に関する問い合わせが来た。

 

「御社にも警告が来てますか?」

「どう対応するつもりですか?」

「情報交換しませんか?」

 

いずれも、皆同じ内容である。

 

当時、米国のプロパテント政策に翻弄されていた日本企業は、情報交換と称して、互いの腹の探り合いをするのが慣行とされていた。

 

どこか一社が、簡単に契約に応じてしまうと、それがスタンダードになり、各社が引きずられてしまう危険性があったからだ。

 

勿論、一社でも契約が成立すると、それが模範解答のように見なされ、米国での裁判が著しく不利になるのも事実であった。

 

情報交換に集まった企業各社の考えは、概ね次のようなものであった。

 

(次号へ)

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

事業は、駆け引きだとよく云われますが、

この駆け引きを有利に進めるのに最も大切なこと・・

 

それは、「素直さ」です。

 

心をニュートラルにして、事実を正確に認識すること。

何が有利で、どこが不利なのか。

 

でなければ、ひょんなことから足元をすくわれ、

勝つ戦でも負けてしまった例をよく耳にしました。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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