━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第32号 ━━
社長を前に、今回の事件について、順を追ってその事実関係を説明し、勝てる確率は正直50%にも満たない旨、報告した。
一通り話し終えるまで、じっと聞いていた後、社長の口から発せられた一言。
それは、「四分六なら、戦え!」という言葉だった。
これは、40%の勝算があるのであれば、残り60%がグレーでも戦ってよい、
という意味である。
訴訟にまで発展する可能性のある事件では、真っ白や真っ黒というケースはあり得ない。白に近い灰色か、黒に近い灰色か、いずれかである。
『四分六』とは、黒に近い灰色ということになるであろう。
訴訟になれば、特許の権利範囲に関する解釈が重要になる。それによっては、白にもなるし、黒にもなる。
裁判所が、どう判断するかにかかっている。
さらに言えば、裁判官にどう解釈させたいかを説得するのが、原告と被告の論争といえよう。
こちらに40%の勝算があるということは、相手に60%の勝算があるという訳ではない。
灰色である以上、相手の勝算も40%ということである。つまり、両者、五分五分の戦いと考えてよい。
従って、残り20%のグレーゾーンが勝負なのである。この20%を如何に主張し合うかで勝敗が決まるここが、まさに特許屋の腕の見せ所ともいえる。
当時、争うのであれば、最低でも50%以上の勝算がなければならないと考えていた私にとって、
「四分六なら戦って良い」と言った社長の一言は、まさに、励ましの声であった。
すなわち、40%の勝算があれば、訴訟辞さずの覚悟で交渉しても良いということである。
社長室を出る頃には、入った時とは違い随分と気が楽になっていた。
これまでの検証から、40%の勝算には自信があった。あとの20%をどう戦うか・・・
早速、再検討にとりかかった。
サブマリン特許である以上、既に知られた技術(公知・公用)であるという立証はかなり難しい(特許を潰すのは困難)。
残すは、権利の解釈論で20%をどうやって戦うかに絞られる(特許非侵害の立証)。
非侵害の立証で大切なことは、特許が出願された当時の時代背景(当時の技術思想)を検証して把握することである。
権利解釈は、現在を基準にして行われるものではなく、飽く迄も出願当時の技術レベルが基準になるからである。
後付けや後知恵は、禁物である。
非侵害の理論武装に着手したのと時を同じくして、国内の同業メーカ数社から、この事件に関する問い合わせが来た。
「御社にも警告が来てますか?」
「どう対応するつもりですか?」
「情報交換しませんか?」
いずれも、皆同じ内容である。
当時、米国のプロパテント政策に翻弄されていた日本企業は、情報交換と称して、互いの腹の探り合いをするのが慣行とされていた。
どこか一社が、簡単に契約に応じてしまうと、それがスタンダードになり、各社が引きずられてしまう危険性があったからだ。
勿論、一社でも契約が成立すると、それが模範解答のように見なされ、米国での裁判が著しく不利になるのも事実であった。
情報交換に集まった企業各社の考えは、概ね次のようなものであった。
(次号へ)
それでは、また。
★ 編集後記
事業は、駆け引きだとよく云われますが、
この駆け引きを有利に進めるのに最も大切なこと・・
それは、「素直さ」です。
心をニュートラルにして、事実を正確に認識すること。
何が有利で、どこが不利なのか。
でなければ、ひょんなことから足元をすくわれ、
勝つ戦でも負けてしまった例をよく耳にしました。