知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

経験者が語る知財紛争の教訓 『訴訟への決断!』・・・被告の裏事情(その4):第33号

2014年7月7日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第33号 ━━

 

意見交換と称して集まったのは4社だった。いずれも警告書が送られてきたメーカの代表者である。

 

彼等の意見は、ほぼ同じで、

 

「放っておいたら、訴訟になるだろう。」

「訴訟になったら、米国での営業に支障が出る。」

「何とか、訴訟だけは避けたい。」

「しかし、妙案がない。」

 

といった内容である。各社とも、訴訟には否定的であった。

 

警告を受けたのが当社だけならば、訴訟を受けて立つ覚悟は出来ていたのだが、

4社が同時に警告されたとなると、話は違ってくる。

 

いくら裁判で頑張っていても、どこか1社でもライセンス許諾に応じてしまえば、その時点で極めて不利な状況に立たされてしまうからだ。

 

話を聞いていた私は、1社だけが先行してライセンス契約を結べないような状況を早く作る必要があると思った。

 

そこで、次のような提案をした。

 

「相手より先に、4社が共同で非侵害の確認訴訟を打ったらどうだろうか?」

 

仮に、相手が米国での製造・販売の差止め請求を求める訴訟を起こしたとしても、非侵害の確認訴訟が確定するまでは、それを中断(stay)させる武器になるからである。

 

しかし、この提案に対する各社の反応は鈍かった。

問題は、非侵害の理由(訴因)をどうするかである。

 

相手は、ビジネスに無縁の一市民である。こちらからのカウンタ特許は通用しない。ただ、ただ、防戦一方の戦いを強いられる分の悪い裁判といえるからだ。

 

しかも、こちらからも提訴するとなると、訴訟費用も倍かかる。

 

勝ち目のある裁判ならまだしも、先が見えない裁判に金をかけるのには否定的なのだ。

 

詰まるところ、各社とも、非侵害を主張する有力な手がかりがない、ということのようだ。

 

妙案が出ないまま、会合はお開きとなった。

 

帰りの電車の中で、敵はアメリカだけではなく、日本にもいた・・・

私は、そう思った。

 

各社の様子から察するに、早々に相手と接触して最恵待遇の条件で最も安くライセンス契約を結ぼうとする会社が出てもおかしくない。

 

一社ずつ攻め落とすのではなく、数社同時に攻めかかる米国の作戦にまんまと引っかかったような気がした。

 

この難局に打開策はあるのだろうか・・・

 

重い足取りで会社に戻ると、相手の弁護士から手紙が届いていた。

 

内容は、今月中に契約に応じなければ、現在のライセンス条件を撤回して、より過酷な条件に切り換えるというものだ。

 

案の定、予想通りの督促状である。

 

こうなったら、自分だけでも抵抗するしかない、との決意を固め、非侵害確認訴訟を提起するための社内決裁に取りかかった。

 

しかし、それから数日後、事態は急展開を迎えた。

 

米国の同業者が契約に合意したとの情報が、突如舞い込んで来たのである。

これを聞いた日本のメーカは、慌てて交渉のために渡米し始めた。

 

ライセンス条件が切り変わるタイムリミットは、残すところ一週間を切っていた。

 

(次号へ)

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

『時差ボケ』という言葉をよく耳にします。

 

しかし、アメリカとの知財紛争では、この時差に救われた経験が数多くあります。何故なら、時差の分だけ彼等より考える時間を多く持てたからです。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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