知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

経験者が語る知財紛争の教訓 『訴訟への決断!』・・・被告の裏事情(結末):第35号

2014年7月22日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第35号 ━━

 

アメリカ出張から戻って2日後、国内のある大手半導体メーカから電話をもらった。

 

「やっと、ライセンスを貰うことができました。これで、一安心です。御社も遅れない方がいいですよ。」

 

受話器を置いた後、「ふざけるな!大きなお世話だ。」と思わず声を出してしまった。

 

これで、全ての計画が白紙に戻ったのか・・・

 

『四分六なら戦え』 これは、あくまでも1対1のタイマン勝負に言えること。

 

大企業がライセンスを貰ったとなると、話は別だ。

 

如何にインチキ特許といえども、大手を含む複数の会社が契約に応じたことは、インチキがインチキではなくなってしまう事実を作り出したことに他ならない。

 

『四分六」が『二八』。 否、それ以上になってしまった。

 

嘘つき、と云えば語弊があるが・・・

確かに、共に戦うという約束は交わしていない。

 

しかし、あの会社は、いつもそうだ。問題が起きると、真っ先に契約に応じてしまう。骨のある知財担当は、いないのだろうか・・・

 

しかし、そんな事を云っても始まらない。

兎に角、何とかしなければ、残された時間は少ない。

 

こうなってしまった以上、相手と直接交渉するしかない。

早速、渡米の手続きを頼んで、社長室へ事態の急変を報告に行った。

 

社長からの指示は、出来るだけリスクの少ない解決を望む、ということだった。

 

ロサンゼルスは、昨日雨だったせいか、芝生の緑がいつも以上に鮮やかだった。

 

相手との約束の時間まで、あと数時間。

 

ホテルに荷物を預けてロビーで時間をつぶし、思い足取りで、またあのビルへ向かった。

 

受付を済ませ応接室で待っていると、弁護士が入ってきた。こちらの胸の内を見透かしたように、ニコニコしている。

 

私は、単刀直入に要件を切り出した。

 

「日本のメーカから契約完了の知らせを受けた。当社との契約を待っておられることと思うが、条件如何ではサインすることはできない。

 

こちらからの要望は、現在要求されているランニング方式ではなく、一括方式で、かつライフライセンス(途中で、契約条件を見直すのではなく、特許満了日まで変わらない条件での契約)が絶対条件である。」と投げた。

 

これに対して、相手は、「金額次第だ」とコメントした。

 

ここに至って小細工は効かないと思った私は、

 

「サブマリンは、いつまた海底に潜るか分からない。海上で不利な状況になると身を潜めるのがサブマリンだ。当社は、既に不利な状況にする材料をいくつか持っている。」

 

と言って、裁判で明らかにしようと考えていた反論資料を渡して要点を簡単に説明し、明日までに検討願いたいと言った。

 

その資料の中に彼らが予測していなかった事があったらしく、顔色が少し変わったのが見て取れた。

 

次の日、『一括、かつライフ』というあなたの条件を認めよう。しかし、金額が問題だ、との返事を聞いた。

 

金額に関しては、昨日、現在要求されている額の1/3を提示してあった。

 

金額に関しては拗れるであろうと予想していた私は、

 

「半導体は、産業の米になりつつある。しかし、環境が悪化すると良い米は育たない。あなた方には、是非良質の米にするための環境作りに協力してもらいたい。

 

当社は、あなた方に一括で払うためのお金を設備投資金の中から工面しようと画策している。従って、半導体の発展のためにも是非こちらの要求を呑んで戴きたい。」と社内事情を素直に訴えた。

 

一日考えさせて欲しいという彼等の申し出により結論は明日ということになった。

 

そして、翌日、彼等から、

「金額に関して、了解した。ただし、この先、一切特許に関する争いを起こさないことを契約条件に加えたい。」との回答を引き出した。

 

三日間に亘る交渉の末、やっと妥結することが出来た。その夜、彼等と飲んだカリフォルニアワインは美味しかった。

 

一つ言えることは、攻められた方が訴訟を決意すると、相手の思い通りに出来ない状況を作り出せるということだ。

 

「弱気は、損気」 日本のあの会社に言ってやりたかった。

 

次回は、記憶に残る特許交渉の事例を紹介したい。

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

「交渉は気迫の勝負」と言われますが、相手に気迫で勝るためには、その下準備が大切だと思います。

 

相手を驚かせる材料を1つでも見つけ出せれば、自分の土俵で戦うことが出来ます。しかし、とことん苦しまなければ、その材料を見つけ出すことはできません。 合掌

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。