知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

記憶に残る特許の契約交渉 「バットは振らなきゃ当たらない」の教え:第36号

2014年7月28日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第36号 ━━

 

♪ 足りない頭なら、知恵を盗みゃいい。帳尻合わすなら、嘘も必要さ・・・

 

巷では、バブルガム・ブラザーズの『WON’T BE LONG』が流行っていた頃、

 

私は、アメリカのある大手半導体メーカ(A社)と特許クロスライセンス交渉の真っ只中にいた。

 

A社とは、私が入社する前からクロスライセンス契約(お互いの会社が保有する特許の力加減に応じて、弱い方から強い方に特許実施料を支払うことで、互いの特許を自由に使い合えるようにするための特許契約のこと)を締結しており、5年置きに見直しのための契約更改が実施されていた。

 

当時、私は本社特許部から半導体事業所に異動して丁度4年目に入った年で、特許技術課長をしていた時の話である。

 

A社は、アメリカにおける半導体事業の先駆者的存在の会社で、殆どの日本メーカはその強力な特許に屈し、多額の実施料を支払っていた。

 

我社も例外ではなく、これまで相当の実施料の支払いを余儀なくされていた。

 

特許に絶対的自信を持つA社は、千代田区内幸町のホテルに日本企業各社を招き、契約更改のためのプレゼンテーションを行うのが習わしとなっていた。

 

ホテルの大会議室に集められた日本企業の面々を前に、A社の知財担当役員は、自信満々の顔で次のように説明した。

1)お互い、最大50件までの特許を出し合い、

2)特許の有効度を1件ずつ評価し合う。

3)評価方式は、3段階とする。

・相手が現在使用中の特許・・・5点

・今後使用予定のある特許・・・3点

・それ以外の特許    ・・・0点

4)総合点の差に応じて支払う実施料の額を決める。

5)交渉期間は、3か月。

 

以上の方法で、各社と同様の交渉を行いたい。

 

いかにもアメリカ人らしい提案である。

 

しかし、一見合理的に見えるこの提案には、実は大きな落とし穴が隠されているのだ。

 

日本企業にとってA社との特許交渉は、自社の業績に極めて大きなインパクトを与える交渉である。

 

5点の評価を得るためには、相手が参ったと白旗を上げざるを得ないような強力な証拠を必要とし、

 

3点の評価を勝ち取るのにも、相当正確でかつ信頼性の高い事業戦略情報(相手方の)を集めなければならない。

 

しかも、それが50件の特許となると大変だ。

 

相手特許に対する反論の準備にも時間を割かなければならないから、非常なハードワークを強いられることになる。

 

即ち、A社の狙いは、どうせ50件もの特許を提示することなど不可能であり、せいぜい数件の特許論争で決着させることができると目論んでいるのだ。

 

数件ならば、A社は既に準備ができており、後は訴訟風を吹かせて力任せに今まで以上の実施料をふんだくれば良いと考えている。

 

そう、今回の交渉は、日本企業に対して一方的に大きな負荷をかける作戦なのである。

 

見渡したところ、日本の皆さんは誰もが暗~い顔をして、渡されたプレゼン資料に目を落としていた。

 

足りない頭なら、知恵を盗みゃいい~ ♪♪

どうやって、誰から盗めばいいのだろうか・・・

 

そんなことを考えながら窓から見える皇居のお堀を眺めつつ、ふと、あることに気が付いた。

 

よし、これまでにない戦いをしてみよう!

 

ホテルを出て急ぎ会社に戻った私は、部下全員を集めてこれから展開する大掛かりな作戦を説明した。

 

(続く)

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

Eye for eye, tooth for tooth(目には目を、歯には歯を)

ハムラビ法典の教えです。

 

新約聖書では、「左の頬を打たれたら、右の頬を差し出せ」と説いていますが、

 

特許交渉では、「左の頬を打たれたら、右の頬を差し出し、右手で打ち返せ」が上手くいく秘訣のようです。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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