━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第38号 ━━
(前号の続き)
今回のA社との契約更改の目標は、支払ロイヤルティを現状の半分以下に抑えることである。
そのためには、他社より先には決して妥結しないこと、A社が他社から十分なロイヤルティを確保するまで交渉を長引かせること、
それによって、額よりも当社と契約更改が出来たことをアドバンテージとして社内を説得するよう彼等に働きかけるという筋書きが可能であると考えた。
日本のメーカからトータルで最低いくら取るかは、前もって社内で決められているはず。
従って、他社が先に決着して、出来るだけ多く払ってくれれば当社に対する圧力は下がってくる。最後は、額よりも日本の全メーカが契約更改に応じたという建前の方を優先するはずである。
そのための長期戦が、我々の今回の狙いなのだ。
そのために、評価の対象として相手が指定した特許の最大数50件をフルに準備して交渉リストを送ったのである。
しかし、日を置かずして、相手からも50件の特許リストが送られて来た。
ざっと見た所、彼等のリストはカテゴリ別に分類されており、我々が注意を要すると思っていた特許が各カテゴリ(回路、構造、製法、メモリ、マイコン・・・)の上の方にズラリと並んでいた。
思った通り、彼等は交渉の最初に圧力をかけておいて、切りの良い所で訴訟風を吹かせ、今以上のロイヤルティを我々からふんだくる作戦のようだ。
当社を最初のターゲットにした可能性も十分にあり得る。
更に、リストがカテゴリ別に分かれていたので、特許評価もカテゴリ別に行い、
自分達が強いと思っているカテゴリから攻めてくるつもりらしい。しかし、こちらは、
50件全て(相手の特許を併せると100件)について徹底論争する構えなので、どのカテゴリから始まっても問題はない。
そこで、我々も彼等のリストに合わせてカテゴリ別に作り替えたものを改めて送り直した。
勿論、Bランク特許を各カテゴリの上位に並べ、Aランクのものはその下の方に散りばめておいた。
いざ、交渉の初日、指定された東京のホテルに行くと、中央がドアで仕切られた二間続きの部屋に通された。
一つの部屋には8人が座れる交渉用のテーブルが置かれ、残りの部屋には恐らく彼等が持参した資料が置いてあるようだ。
初日は、オリエンテーションのつもりで我々は3人で訪問したが、彼等も同じく3人で出迎えてくれた。
開口一番、彼等から「まさか50件の特許を評価し合うとは考えていなかった。」との褒め言葉(?)を頂戴した。
こちらも負けじと、「調べていたら御社に興味深い特許が沢山出てきてしまい、50件を選ぶのに苦労した。」と皮肉交じりに答えてやった。
当時、彼等の営業利益は赤字で、それを他社から徴収した特許ロイヤルティで補うことで会社損益を大幅に黒字化していた。
従って、自信満々の顔つきで、我々の皮肉は軽く受け流されてしまった。
評価方法の話になり、彼等からカテゴリ毎の評価提案がなされたので、「異存はない」と答えた。
更に、我々が提示した特許の評価の順番は、自分たちに決めさせてもらいたい、との申し出があった。
これにも、「異存なし」と答え、ただ、我々はリストの上の方から順番に一つずつ御社の特許を評価していきたいと先制攻撃をしかけた。
一瞬、彼等の表情が曇ったようにも見て取れたが、あっさり「OK!」の返事が返って来た。
私は、互いに50件の特許評価が全て完了するまでは、契約条件(即ち、ロイヤルティの額)の話はするべきではないと、ここで切り出した。
これに対して、彼等からは、「了解する。我々も同じ考えだ。」との意思表明があった。
よし、我々の土俵で戦えるぞ! この時、そう思った。
因みに、他社さんはどのような状況なのかと聞いてみた所、
50件揃えたのは我々だけだった、とのこと。
これを聞いて、私は、他社はきっと我々より早く決着することになるだろう、
との予想を強くした。
他社が契約更改してしまえば、彼等の懐には相当の金が入ることになるから、我々との更改を急ぐ理由はなくなる。
これで徹底抗戦の準備が出来た。
まるで、関ヶ原の戦いのようだ。どちらが、勝つか・・・
いざ、戦闘開始である。
(次号へ)
それでは、また。
★ 編集後記
この時の交渉の初日には、相手が用意してくれたランチサービスを頂きました。
しかし、その後は、一度たりとも一緒に食事をすることはありませんでした。勿論、こちらから招待したこともありません。
『敵に塩を送る』のは、自分が有利な立場にいる時だけかも・・・