━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第39号 ━━
(ちょっと一息)
皆さんは、どうお考えでしょうか。
企業が、特許の有効性を認めライセンス料を支払うのは、どういう時なのか?
その特許を使っている時、あるいは、将来使う可能性が非常に高い時・・・
確かに、教科書にはそう書いてありますよね。
しかし、実際はもっともっと複雑なんです。
何故なら、特許を使っていることを認めなければお金は払えないからです。
ライセンス取得は、言ってみれば企業間取引と同じですから、「必要性と合理性」が要求されます。
(だって、必要でもないのにライセンス料を支払うのは変でしょう? そんなことをしたら税務署に睨まれ、下手したら税金対策だと疑われて贈与税を取られることにもなりかねません。)
では、誰が「使っている」と認めるのでしょうか!
特許屋でしょうか、技術者でしょうか、それとも経営責任を持つ社長でしょうか・・・?
答えは、「全員が認める」・・・です。
しかし、これって大変なことなんです。
一つの特許を見るのに、
特許屋は「権利の目」で見るのに対して、技術者は「技術の目」で見ます。
さらに、社長は「経営の目」で見ようとします。
皆が、違った角度からバラバラな意見を主張します。 しかも、金が絡むとなると、一筋縄ではいきません。
まさに、技術者のプライドと、特許屋の意地と、社長(経営者)の見栄が激しく交錯するとんでもない世界です。
だから、一口にライセンスといっても、特許屋は社内の意見統一に大汗の覚悟が必要です。
このような時、私は、ニュートラルな立場に立つよう心がけてきました。
言ってみれば、裁判官の立場で
ライセンスを受けた時の最悪のケースと最善のケース、ライセンスを拒否した時の最悪のケースと最善のケースを説明するようにしています。
甘辛、両方のケースを認識させて、どちらを選ぶか冷静に考えてもらうためです。リスクマネジメントとは、そういうものだと考えます。
兎角、最悪のパターンだけを徒に強調して自分の意見に引き込もうとする人もいますが、それはリスク恐怖症であってマネジメントではありません。
自分たちが、今どの位置にいるのかを客観的に見つめ直す場を提供することがリスクマネジメントの基本だと思います。
思い起こせば、敵よりも味方に翻弄され、行き詰った経験を何度も体験しました・・・・(苦笑)。
さて、話は戻って、前号の続きです。
A社に対して50件のフル勝負を仕掛けた我々は、部下を攻撃チームと防御チームの2つに分け、かつそれぞれのチームに技術のエキスパートで弁の立つ課長レベルの人材を事業部から選んで張りつかせた。
攻撃チームは自社特許での攻撃を、防御チームは相手特許からの防御を担当する。
攻撃チームは、自社特許1件毎に、攻撃のストーリー及びそれに対する相手の反論予測と再反論のシナリオを、
防御チームには、相手特許に対する防御のストーリーとそれに対する相手反論の予測、及び再反論のシナリオを入念に準備してもらった。
特に、技術者には相手の立場に立ってもらい、こちらの主張の欠点を見つけてもらうよう協力してもらった。
そして、一日で議論可能な特許の数を両社合せて6件までとし、どんなに時間が余っても次の特許には手を付けないという方針を立てた。
言い換えれば、一日6件未満で残りは必ず次に持ち越すという作戦だ。
そのためには、1件の特許を最低でも2時間は議論できるようなシナリオを作った訳である。
そうすれば、1日当たり12時間(半日)の議論ができる。
多分、相手は8時間、長くて10時間程度で根をあげるだろうと予測し、全部で実働17回の交渉を最低でも確保したいと考えた。
相手は我々との交渉だけではなく、他社との交渉も並行してこなしていく訳だから、我々に割ける時間はせいぜい月2日と読んだ。
さすれば、少なくとも9か月、上手くすれば1年は特許論争が出来る。
この間に他社が決着すれば、作戦成功とみた。
さて、続きは次回へ。
それでは、また。
★ 編集後記
「特許は、伝家の宝刀」と、よく言われます。
しかし、どんなに優れた技術でも、いずれ陳腐化するものです。
その技術を守るはずの特許も、陳腐化したタイミングで抜いたら、
ただの竹光か錆刀でしかありません。
特許は必要な時、必要なタイミングで使うもの。
飾っておくだけでは、無意味です。
まさに、「バットは振らなきゃ当たらない」の教えそのものです。