━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第40号 ━━
いよいよA社との特許論争が始まった。
作戦通り、毎回々々、相手の特許を3件、こちらの特許を3件ずつ評価し合う手順で進んでいった。
評価するのは、互いに特許のプロである。簡単に相手の言い分を認める訳がない。
短い時でも1件の特許を3~4時間かけて議論した。しかし、それでも決着はつかない。
長い時は、回を跨いで議論が続いた。
評価開始から既に5回(時間で言うと、ほぼ2か月)が経っているのに、処理した件数は10件にも届いていなかった。
それもそのはず、相手は非侵害や特許無効を主張し易いものから攻めてくる。これに、出来るだけ喰い下がって相手の論拠を少しでも弱めなければならない。
一方、こちらは、強力度からいえば2番手の特許で攻めている。ここで、少しでも加点しておかなければ後が苦しい。簡単に引き下がる訳にはいかない。
両社とも、実に険悪な雰囲気の中で日に8~10時間の熱弁が繰り広げられた。
「特許論争は、絶対に感情に走ってはいけない。常に、ポーカーフェイスで臨むべし。」
先輩方から語り継がれた教訓である。
それを意識しながら、語調を強めるにも、笑顔を見せるにも、タイミングを見計らって常に心は冷静さを保つように努めたつもりだったが、やはり人間が出来ていなのだろうか、感情が先走りこちらの思惑を見透かされてしまうこともあった。
しかし、相手も人間である。回を重ねる毎に、癖が見えてきた。
向こうのボス(外人らしい鼻筋の通った紳士)の様子を見ていると、分が悪くなった時、鼻がピクピクと動くのが見て取れた。
これは、評価のスコアを付けるのにかなり有効であった。
私の部下も、本当によく頑張ってくれた。交渉の前の日は、夜遅くまでプレゼンテーションの予習を繰り返し、特にQ&Aは何度も何度も議論をして、どんな反論にも対応できるように練習を重ねた。
特許論争は、重箱の隅をつつき合う論争だと、よく言われるが、それは特許をかじった半人前の特許屋がすることである。
何とかして特許庁の審査官に違いを認めさせ、とにかく特許を取る事だけに気を奪われ、細かな違いを見つけ出しては、ことさら大げさに話をするテクニックしか持ち合わせていない人達が使う手である。
しかし、これは、真剣な議論を戦わせる熟練者同士が顔を突き合わせるプロの交渉の場では、全く通用しない。
相手を怒らせるだけで、交渉は打ち切られ、即裁判の法廷へと引きずり込まれていくだけだ。
やはり、特許は、『技術思想』で議論すべきである。
何のために、何をしたくて、そのようなことを考えたのか。その発明をした人が、本当にしたかったことは、何なのか!
言葉尻や、絵面字づらの違いだけで議論するのとは訳が違う。
相手の権利を尊重して真摯な交渉をするためには、その特許の本質で議論し合うことが大切である。
それが、相手に伝われば、一見似たような発明でも全く違っていることに気付かせることも出来るし、考え方のすれ違いを是正することもできる。
私は、これが本当の特許論争だと思っている。
今回の特許評価でも、技術思想の本質から絶対に論点を踏み外さないように注意してプレゼンの内容を組み立てた。
その結果、相手が予想もしていなかった点に着目出来た時、相手も弱点だと感じている核心をつくことが出来た時、
鼻がピクピクと動くのだった。
こうして、相手が強力だと自信を持っていた特許の半数をグレー特許に持ち込むことができたし、こちらの2番手特許の半数を威力のある特許として印象付けることができた。
この頃、既に半年が経過し、競合他社が契約サインに応じる時期に来ていたことを、後で知った。
(後半は、次回)
それでは、また。
★ 編集後記
特許屋は、技術の専門家ではない方がいいと思っています。
下手に技術を知っていると、発明者(技術者)と技術論争に陥ってしまい
発明の本質が見えなくなることを経験したからです。
技術の専門家より、相手と上手なコミュニケーションを取れる人の方が
特許屋には向いていると思います。
相手の話を素直に聞ける力、プライドを捨てて相手に素直な質問が出来る
力、そして、専門用語で相手を攪乱させるのではなく、幼稚園児のように
優しく接することができる力を持った人。
そんな人が、本当の特許のスペシャリストだと思います。