知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

記憶に残る特許の契約交渉 「バットは振らなきゃ当たらない」の教え:第41号

2014年9月8日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第41号 ━━

 

A社との特許バトルは続いた。

その間、何度太平洋を往復したことだろう。

 

互いに50件ずつの特許評価が終了した時、開始から既に1年以上が経過していた。

 

終了したと言っても、決着がついた訳ではない。これから、互いの評価結果を公表して、両者のズレを修正するための調整会議が始まるのである。

 

我々の方は、一番手特許(Aランク)はもとより、二番手特許(Bランク)が予想以上のポイントを稼いだと認識している。

 

特許のプレゼンと質疑応答の任務を果たしてくれた部下達の話によれば、

 

自信のある強力なAランク特許が後ろに控えていたので、ミスを恐れずにゆとりを持って話をすることが出来たのが良かったとのこと。そう言えば、

 

彼等は、私が半導体事業グループに異動して知財力強化のために集めた技術部出身の人達で、言わば特許素人の人が多かった。

 

しかし、本当によく頑張ってくれた。

 

人は、目の前に確かな目標があれば、これまでに歩いたことのない道でも踏破できるものだと改めて痛感した。

 

 

さて、調整会議で両者の評価スコアを見比べてみると、当然のことながら自分の特許には甘く、相手の特許には厳しい結果が如実に現れていた。

 

しかし、その中でも我々のBランク特許に対する評価が、Aランクと遜色がないくらい予想以上に高かったのには驚いた。

 

そして、A社が誠実に対応してくれたことへの感謝の気持ちが知らずと湧いてきたことを今でも覚えている。

 

調整会議では、特許論争よりも経営論争に重点が置かれた。

 

今後5年間の事業方針や、マーケット動向、設備投資や開発投資の状況、等々、である。

 

総合的に判断すると、特許の力は両者ほぼ互角、ただ、我々の売上規模が大きい分、インパクトも大きい。従って、持ち出しは止むを得なかった。

 

更に、我々の主力だったメモリ特許が今後通用しないという思いもかけない事実が明かされた。

 

A社は、メモリ事業から撤退するというのだ。このハンディキャップは大きい!  そう直感した。

 

咄嗟に、契約期間を延ばさなければ、と思った。

 

今回の契約更改では、まだ彼等もメモリ事業をやっている。しかし、次回はそれがない。圧倒的に不利になる。

 

何とか時間を稼いで彼等の注力事業を叩ける特許を準備しなければならないのだ。

 

支払ロイヤルティの比率を下げる方を優先させるべきか、それとも、契約期間を延ばす方を優先させるべきか・・・ 難しい選択である。

 

交渉開始から1年半が過ぎていた。

 

一時期、決着を急いでいた彼等だったが、今はそんなに焦ってはいない。他社とは既に決着が着いたのだろう。

 

彼等との最後の交渉は、アメリカ西海岸サンディエゴで行われた。

 

太平洋を望むホテルの一室で、彼等からまず結果報告を受けた。彼等が提示した額は、現状よりも低い数字であった。我々の特許を真摯に評価してくれた証である。

 

そしてこの時、支払額の更なる低減と契約期間の延長、そのどちらも可能ではないだろうか、という勘が働いた。

 

そこで、メモリ事業から撤退し自社製メモリを失う彼等に対して、我々のメモリを優先調達してやることを条件に、ロイヤルティ低減と契約期間延長の両方を申し出た。

 

次の日、彼等からGOサインが出た。

長かった交渉が、やっと終わったのだ。

 

そして彼等から、「今回の交渉は非常に有意義なものだった。素晴らしいチームワークを持った敵と出会えたことに感謝する。」とのコメントをもらった時、感無量の歓びを感じたのは、私の大きな財産となった。

 

他社とは1年以上前に決着し、我々が最後の相手となったこともこの時知らされた。

 

A社への支払いを大幅に減額出来た分、新会社への設備投資が楽になりシェアNo.1をキープできる原動力を作り出すことができた。

 

今、改めてA社の交渉メンバーに感謝したい。

 

(次回からは、また別の事例をお楽しみに・・・)

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

サンディエゴ湾に落ちていく夕日は、波の音と相まって

殊のほか美しかったのを覚えています。

 

そして、その美しい夕日は、日本に昇る朝日なのだと思った時、

不思議な感覚に見舞われました。

 

地球の丸さを肌で感じた瞬間でした。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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