知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

事件の裏に潜む真相とは! 木を見て森を見ずの教え:第43号

2014年9月22日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第43号 ━━

 

このメルマガの読者様から、ここ10年の知的財産法の改正の多さと大胆な変更には苦労している、とのご感想を頂戴した。

 

異議申立制度の復活を含め、確かに色々と手が加えられているようだ。

 

新たな判例が出ると、それに追随して法改正が行われるのは世の常。

 

しかし、大切なのは、法律がどう変わったのかではなく、何故変えなければならないのか、という根っこの部分を理解しておくことではないだろうか。

 

日常の出来事として起きる問題は、裁判で争われるような特殊なケースではなく、

 

もっと単純で誰もが出くわす落とし穴に落ちた時の事例の方が多いように感じる。

 

以前、こんな経験をした。

 

ある日、技術者が私の所にやって来て、「この前自分が出した特許と同じ特許が公開されている。しかも、その発明者は自分がよく知っている人だ。」と怪訝そうな顔で話始めた。

 

よくよく聞いてみると、公開特許の発明者とは、以前よく打ち合わせをしたことがあり、しかも、その特許の出願人は当時我社が業務委託をしていた会社だ、とのこと。

 

そして、その特許のアイデアは、打ち合わせの中で自分が出したものだ、と聞かされた。

 

普通に考えると、自分が出したアイデアをパクられたことを私に伝えに来たらしい。

 

そこで、その技術者に質問した。「君がそのアイデアを出したという確たる証拠はあるの?」

 

彼は、当時の打ち合わせ議事録を見せてくれた。

 

確かに、そこには、問題の特許に関するアイデアが書かれていた。

 

しかし、そのアイデアを誰が出したのかという肝心な部分の記載はなされていない。

 

『こんなアイデアがあるから試してみよう』と書かれているだけである。

 

しかも、日付の記載はあるものの、その議事録がその時に書かれたものであることを証明するものは何もない。

 

証拠能力としては、極めて不完全としか言いようがない。

 

ワープロ打ちの議事録は、後からねつ造されたものだと言われても反論のしようがない。

 

更に、分が悪いことに、こちらの出願より相手の出願の方がちょっと早かった。

 

真の発明者が誰なのか、真の権利継承者が誰なのか、が明確ではなく、しかも相手の方が先に出願しているとなると、勝ち目はなさそうだ。

 

最近、知的財産法が改正されて、『権利移転請求』即ち、(冒認出願、共同出願違反における真の権利者の取戻し請求)が出来るようになったが、

 

当時は、そんな法律は存在しなかった。

 

私の所に来た技術者は、話しているうちにだんだん怒りが込み上げてきたらしく、訴訟を起こしてでも自分の名誉を取り戻したいと、激しい口調で訴えている。

 

私も、事の真相を突き止めるべく、更に詳細な質問をした。

 

1.ところで、そのアイデアは我社が現在使用しているの?

2.相手の会社は、そのアイデアが君のものだと知っているの?

3.相手の会社との関係は、今どのような状況なの?

 

彼は、興奮を抑えて私の問いに丁寧に答えてくれた。

 

しかし、その答えに愕然とさせられたことを、今もはっきりと覚えている。

 

この事件の本質は、いくら法を改正しても解決出来る問題ではない。むしろ、企業間取引のあるべき姿が問われる問題だと強く感じた。

 

その問題とは、・・・

 

(続きは、次号へ)

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

中国の故事に『四知』という言葉があります。

 

「天知る、地知る、吾知る、汝も知る」の四つの知です。

 

悪事は、いつかは必ずバレるという教えですが、これを裁判に例えるならば、

天知る、地知るは、物的証拠。吾知る、汝知るは、原告と被告の証言。

と云えるのではないかと思います。

 

物的証拠が曖昧なケースでは、証言の信憑性が問われますが、100%白黒をつけるのは、裁判官でも難しいはずです。

 

大事なのは、何が起きたのかではなく、何故起きたのかという原因に向き合うことではないでしょうか。

 

そこに、本当に解決しなければならない真の課題が潜んでおり、それを両者が素直に認識し合うことで、互いにとって共に益となる解決策が見つかるものと信じます。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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