知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

事件の裏に潜む真相とは! 木を見て森を見ずの教え:第44号

2014年9月29日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第44号 ━━

 

(前号の続き)

 

その技術者が言うには、

 

・特許出願したアイデアは、高解像度画像解析エンジンとして

今秋発売の最新モデルに搭載する予定である。

 

・現在試作中で、まだ完成には至っていない。

 

・試作を依頼している会社は、特許を出願した会社Aとは別の会社Bだ。

 

「はぁぁ~! 別の会社Bって、どういうこと??」

私は、思わず聞いてしまった。

 

すると、技術者曰く、

 

「当時はA社に開発してもらっていたが、時間的に間に合わないと言うのでB社に切り替えた。」とのこと。

 

新製品の発売日程を延期することができないのは確かだ。

それで、委託先を切り替えたのか・・・  納得できる話だ。

 

しかし、何故、A社は間に合わせることが出来ないと言ったのだろうか?

 

疑問に感じた私は、技術者に尋ねてみた。

 

「特許に欠陥があったの? それとも、A社の開発力に問題があったの?」

 

これに対して、技術者は、

 

「特許にも開発力にも特に問題があった訳ではないが、我々の仕様要求を満たすには開発費がかかり過ぎる。期限までに間に合わせるには、かなりの人員補強が必要だが、その余裕がないらしい。」と、答えてくれた。

 

なるほど。しかし、特許を使っているとなると、A社に黙って事を進める訳にもいかない。

 

私は、直接A社に出向いて特許問題を解決しようと考えた。そこで、

 

技術者にアポをとってもらい、約束の日に彼と一緒にA社を訪問した。

 

A社の社長、開発部長、開発担当者を前にして、

「本日は、特許の問題を片付けに来た。」と、訪問の趣旨を述べた。

 

すると、社長からは意外な話が出た。

 

「度重なる仕様変更の要求に、ついていけなくなった。特許のアイデアは、自分達も実にいいアイデアだと思っており、何とかして実現させたく、断られた今も独自で試作品の制作を継続している。」 とのこと。更に、続けて

 

「このアイデアは、特許にする価値が十分にあると思った。しかも、打ち合わせの中で互いの議論から出たものだから自分達にも当然権利はあると思っている。出願手続きを済ませたのが、開発を断られた後だったので、当社単独とした。」

 

と、大まかには、このような内容だった。

 

A社との開発委託契約書には、(発明等)知的財産権の取扱い、及び、契約解約後の存続条項に関しても、しっかりと明記されていることは確認済みである。

 

(当時の特許法には、『権利移転請求権』が明文化されていなかったので、約束事として契約書で担保するやり方が一般的だった。)

 

従って、契約解約後であっても、我社の特許所有権主張は合法的に可能である。

 

誰が真の発明者かさえ明確になれば、今回のケースがA社単独発明か、当社単独発明か、それとも共同発明なのかは、明らかになるはずである。

 

A社としても、仕事を切られたことに対する腹いせのつもりで特許を出した訳ではなさそうだ。

 

しかし、いざ権利帰属の話となると、すんなりとこちらに渡してくれるとは思えない。

 

特許のアイデアが、打ち合わせ時の技術検討の場で出たとなると、誰が真の発明者かを特定するのが極めて困難であることは経験上よく知っている。

 

そこで私は、誰が真の発明者なのかを議論するよりも、何故A社が切られたのかに焦点を当てて実態を掴もうと考えた。

 

どうにも釈然としないのが、「度重なる仕様変更」という言い方である。

 

企業文化の悪習の一つとして、『使い捨て』文化というのがある。

特に、業務委託や開発委託等では、これが顕著なのである。

 

今、出来るところを使う、出来なくなったら切り捨てて、別の出来そうなところを使う、というやり方である。

 

ビジネスが競争社会である以上、取捨選択の自由は許されて然るべきであろう。しかし、個人的には、この『使い捨て』文化は嫌いである。

 

仕事を依頼するということは、依頼された方だけに責任があるのではなく、依頼する方にも大きな責任があるはず。

 

そこで、「度重なる」とは、一体どういうことなのかを聞いてみた。

すると、A社の社長は、俯き加減に話し始めた。

 

「完成した試作品を評価してもらう度に、要求の精度が高くなって埒があかない。委託費は固定なのに作業だけが増えていく。これでは、元が取れないのでギブアップ宣言した。しかし、当初の仕様要求をクリア出来た自信はある。」

 

これを聞いて、同行してもらった技術者に真偽のほどを確かめたところ、彼も当初の要求はクリアしていることには同意した。

 

ただ、競合メーカとベンチマーク(性能比較)をして見ると、どうしても精度の差が目立ってしまう。

 

「高解像度」で商品アピールをする以上、これを無視することはできないと、彼は主張した。

 

これに対して、A社の担当者は、

 

「でも、要求を丸投げするだけで何等協力はしてもらえない。特許のやり方で間違いはないと思うが、精度を上げるとなると微調整や補正が必要で、とても大変なんです。」と憮然とした態度で言い放つ始末。

 

これでは、互いに平行線をたどるだけだと思った私は、ある提案をしてみた。

 

(続きは、次回へ。)

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

大企業でよく耳にするのが、「技術の空洞化」という言葉です。

そして、それを打破するために「選択と集中」という言葉も耳にします。

 

この「選択と集中」のための一つの手段が、「make or buy」即ち「自製するか、外注するか」です。しかし、

 

経営トップが、いくら「make or buy」と声高に叫んでも、現場は雑務に追われて「buy and buy」が横行しているのが現状なのです。これでは、空洞化の進行を助長しているようなものですよね(合掌)。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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