━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第51号 ━━
iPhoneやiPadに搭載されているメールアプリやiMessageがポケベル特許を侵害していると見做され、
米アップル社がテキサス州東部連邦地裁から約28億円の損害賠償支払い命令を受けたとのニュースが、ネット上で話題になっている。
提訴したのは、Mobile Telecommunications Technology(通称:MTel)で、この会社は、ポケベルの老舗メーカ(SkyTel)の特許を管理しているライセンシングカンパニーとのこと。
ライセンシングカンパニーとは、特許のライセンスだけを業としている会社のことで、一般のメーカのように自分で物を製造したり販売したりしている会社とは異なる。
相手がメーカではないため、自社特許で対抗することが出来なかったアップルは、防戦一方の非常に苦しい戦いを強いられたことが予想できる。
反撃が効かない相手との勝負を何度も経験した筆者としては、ただただ同情の念を禁じ得ない。
そこで、今回は攻められても反撃の効かない相手との戦いにおける問題点を考察してみたい。
反撃の効かない相手とは、次の3種類に大別できる。
1) 事業を行っていない個人発明家や、大学等の研究機関
2) 以前は事業を行っていたが上手く行かず特許だけで食い繋いでいる会社(上述のMTel)
3) 自ら物を作ったり売ったりはせず、倒産した会社や他人の特許を買い占め、これを武器に企業に戦いを仕掛けてくる集団(パテントトロール)
ここで、1)及び2)のグループと、3)のグループとは、明らかに一線を画すことができる。
即ち、1)と2)は、いずれも「自分」で発明した特許を活用しているのに対して、3)は「他人」が発明した特許を利用している点が、大きな違いと云える。
私は、『事業と特許(権利)は、不可分一体のものであるべき』と考えている。
何故なら、権利を持たない事業は、脆く壊れ易い。
一方、事業を伴わない権利は、評価に値しないからである。
その意味で、1)と2)は、自らが苦労して発明した特許(権利)を自分で活用している点で、自分の褌で相撲を取っており、不可分一体と云えるであろう。
しかしながら、3)は明らかに他人の褌で相撲を取っており、これは、もはや不可分一体とはとても言い難い。特許(権利)だけが、一人歩きしているようなものである。
しかも、他人の褌であるが故に、発明に至るまでの苦労は何もしていないのだ。
権利を尊重することは、確かに大事なことである。
しかし、それは、発明を完成させるまでになされた数々の苦労のプロセスを尊重することであって、結果だけが文章化された紙(特許明細書)を尊重せよ、ということではないのだ。
発明に関する事業を自らが実施しているのならまだしも、発明の実体を伴わない権利だけを金で手に入れた相手に、尊敬の念を抱くことなど到底出来るものではない。
国も、特許出願費用等の10%値引き等という、たいして成果が上がるとは思えない、ほんの一部の大企業贔屓の施策に奔走するよりも、多くの企業が悩み苦しんでいる権利移転の仕組み改善に力を注いで欲しいものだ。
例えば、権利移転には報告義務を課して、移転先の企業の事業実体が移転対象の特許に即しているか否かを厳重にチェックする体制を強化するとか。
健全な事業活動を阻害するような危険因子を取り除く政策をいち早く実現する方が、よほど国際競争力の強化に役立つと思うのだが・・・。
かつて、日本の半導体企業が米国を追い抜き世界一の売上シェアを手にした時、米国が敢行したプロパテント政策のもと、反撃の効かない多くの相手から散々苦しめられたのを昨日のことように思い出す。
『出る杭は打たれる』・・・同情をこめて、今、この言葉をアップルに贈りたい。
と同時に、権利だけの一人歩きを抑止できる立派な法制度を世界に先駆けて制定し、
その土台に守られて、今もがき苦しんでいる日本の半導体企業が、再度世界の「出る杭」とならんことを心から祈りたい。
それでは、また。
★ 編集後記
3年前に「通常実施権の当然対抗制度」が改正されました。
これは、ライセンスを受けた者への救済措置に関する制度ですが、ライセンス契約がしっかりしていれば、実際問題として揉め事になるケースは極めて少ないというのが実感です。
むしろ、ライセンスした後よりもライセンスする前の方が揉めるケースは圧倒的に多く、どうせ制度を改正するならライセンス前の制度に手を入れて欲しいと思うのは、私だけでしょうか。
日本における特許制度の改定は、世界に比して後追いで、何か的外れのような気がしてなりません・・・。