知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

サムスン(三星)vs.エヌビディア(NVIDIA) 知財活用のハイレベルテクニックとは:第53号

2014年12月8日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第53号 ━━

 

(前号の続き)

 

GPUの供給メーカNVIDIA(売り手)が韓国のサムスン(買い手)を特許侵害で訴え、怒ったサムスンがNVIDIAを訴え返した事件・・・

 

買い手(ユーザ)が売り手(ベンダー)を訴えるのは、間々あるケースだが、

売り手が買い手を訴えるのは珍しい。

 

訴訟を起こす以上、売り手にも買い手にもそれぞれの社内事情と思惑があるのは百も承知の上で、

 

今回は、知財活用戦略という観点から売り手(NVIDIA)が買い手(サムスン)を訴えた訴訟戦略の腹の内を推理・考察してみたい。

 

まず、NVIDIAがサムスンを訴えて得するのは、次の4つのケースであると推測できる。

 

一つ目は、サムスンがNVIDIAの製品を買うことを条件に和解が成立するケース。

 

二つ目は、勝訴して技術的優位性をアピールすると共に、多額のロイヤルティ(特許実施料)を手に入れるケース。

 

三つ目は、クアルコム製GPUを採用していたメーカを自分の牙城に取り込むことができるケース。

 

そして、四つ目は、サムスンが訴えられることで得をする企業に「貸し」を作ることができるケース。

 

NVIDIAは、果たしてどのケースを狙っているのだろうか・・・

 

当たり外れは別として、私は、次のように推測する。

 

一つ目のケース) 韓国企業の性格を知っていれば、まずこれを主眼とすることはあり得ないだろう。

 

二つ目のケース) 今後一切、NVIDIAがサムスンをお客として見ない決断をしたのであれば、このケースはありかも知れないが、ビジネス的見地からはマイナス面の方が多く得策とは言えないだろう。

 

三つ目のケース) これを目的とするのであれば、訴訟のターゲットをクアルコムにする方が効果的なはず。敢えてサムスンを標的にした経緯からして、このケースによるメリットは然程期待していないと考えられる。

 

そうなると、やはり四つ目のケースを狙ってサムスンを訴えた可能性が高いのではないだろうか。

 

その根拠は、2008年NVIDIAが品質問題を起こしてリコール騒動となり、多くのPCメーカに多大な迷惑をかけたことである。

 

2008年当時、私はPC事業の知財法務を担当しており、NVIDIAのリコール問題には相当苦労させられた。

 

多くのパソコンメーカが、NVIDIAに不信感を抱き、特に、アップルとの関係が大きく崩れたのは、このことが原因とも聞いている。

 

NVIDIAとしては、何とか巻き返してアップルからの信用回復を図りたいと考えるのは当然のこと。

 

そこで、パソコンのシェアが低く、かつアップルとは犬猿の関係にあるサムスンに目をつけ、

 

競合メーカのクアルコムが特許侵害していることをネタに、同社のGPUを採用しているサムスンにライセンス契約を迫ったのが、丁度アップルとサムスン

が熾烈な特許訴訟合戦を展開していた2年前の2012年にあたる。

 

一方、アップルは同社のノートPCに長年採用してきたNVIDIA製GPUを、同社との確執から2011年モデルではAMD社のGPUに切り替えたのだ。

 

しかし、翌年の2012年モデルからは、またNVIDIAのGPUを採用して今日に至っている。

 

アップルが2012年モデルにNVIDIA製GPUの採用を決めた裏側には、何があったのか・・・

 

これから察するに、AMD社にアップルのシェアを奪われたNVIDIAが、サムスンに圧力をかけることでアップルの援護射撃をし、

 

これを営業トークにしてアップルに再度のGPU採用を懇願したと考えても何等不思議はない。

 

いや、むしろ知財の活用術として、NVIDIAはハイレベルのテクニックを駆使したと言ってもいいだろう。

 

なお、サムスンはNVIDIAへ逆提訴するにあたって、特許侵害だけではなくNVIDIAの広告に対しても次のように文句を言っている。

 

「NVIDIAは自社製プロセッサ(Tegra)とサムスンのプロセッサ(Exynos)を性能比較して、Tegraが世界最高速と謳っているが、これは虚偽の広告だ」と。

 

まあ、NVIDIAにしてみれば、これは痛くも痒くもない話だろう。

 

日本でこのような比較広告をすると、優良誤認だとか有利誤認だとして景品表示法に引っかかる恐れもあるが、米国での比較広告は、日常茶飯事のこと。

 

NVIDIAの狙いは、サムスンを怒らせることではなく、自社の技術力をアップルにアピール出来れば事足りる訳だから、サムスンの怒りはむしろ好都合とさえ思っていることだろう。

 

いずれにせよ、アップルがNVIDIAの採用を許してくれた以上、NVIDIAの作戦は大成功といっても良いのではないだろうか。

 

NVIDIAが、この筋書きを見越して上でサムスンへ喧嘩を仕掛けたのであれば、

 

「あっぱれ、NVIDIA !!」と賞賛のエールを送りたい。

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

知財の活用は、ただ独占権だけを誇示しているようではいけないのです。

 

NVIDIAのように営業戦略に利用するとか、あるいは、人財育成や市場の開拓・拡大、固有技術のデファクト化、売買契約の条件緩和、資材取引の優位性確保、等々・・・

 

日本の企業経営者も、知財活用の重要性に早く気付いて欲しいものです。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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