知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

トヨタの特許無償提供報道に、ちょっと一言 タダより高い物はなし:第57号

2015年1月12日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第57号 ━━

 

こんにちは。 特許の仕事で散々苦しめられた愚禿の手記です。

昨今、トヨタ自動車が燃料電池車(FCV)関連の特許約5700件を無償提供との報道が各紙で話題を呼んでいる。

 

新聞等では、「無償提供」とか「無償開放」という言い方をしているが、この言葉は一見分かり易いようで実は非常にあいまいな表現である。

 

恐らくマスコミは、『無償』という点にスポットライトを当てたいのだと思うのだが、一口に「無償提供」、「無償開放」と言っても色々ある。

 

「無償譲渡」を指すならば、タダで特許権を譲り渡すこと。

「無償ライセンス」ならば、特許実施料をタダにすること。

 

他にも、「権利不主張」や「不争宣言」(特許を侵害しても文句を言わない、争わない)とも解釈できる。

 

どれも同じように見えるが、それぞれ微妙に違うのだ。

 

JNNニュースでの米国トヨタ販売ボブ・カーター上級副社長の説明では、「ロイヤルティ・フリー・ユース」と言っているので、「無償ライセンス」と見るのが正しいようだ。

 

そして、ロイター通信によれば、同業者の評価は、ものすごい英断(日産関係者)、歓迎すべき動き(ホンダ関係者)だと伝えている。

 

無償提供の狙いが、市場の開拓と拡大にあることは明白だし、特許をそのためのツールとして活用するのは大いに結構なことだ。

 

ただ、色んな記事を併せ読んでみると、どうも誰でも好き勝手に使って良いということではなさそうだ。

 

事前にトヨタに申告をして、協議の上実施条件を定め契約を交わす必要があるとのこと。

 

しかも、無償の期限は5年後の2020年までだそうだ。

契約書でどの様な条件が課せられるのか、また、2020年以降はいくら払わなければならないのか、報道はなされておらず、現時点では不明である。

しかし、仲間作りで市場開拓を狙うのであれば、『期限付き無償』というのは如何なものであろうか?

 

恐らく特許の実施条件を決める契約時に、そのあたりのことは詳しく取り決められるとは思うが・・・

 

最初はタダで使わせておいて、市場が膨らんで来た頃金を取るというのは、何かしら違和感を覚える。

 

いくら同意の上とはいえ、抜けるに抜けられなくなった状態で実施料を払わされる企業は可哀想だ。

 

今回の無償開放は、ホワイト企業の代表格といわれるトヨタにしては、中途半端な戦略のように思えてならない。

 

トヨタ社内でも特許開放賛成派と反対派が分れたために、折衷案として両者の中間を採用したようにも見える。

 

燃料電池車市場のリーダーシップをとって環境整備を牽引しようとするトヨタの姿勢には、大いに賛同できるが、

 

無償提供を掲げるのであれば、期限付きはなくすべきだし、途中から実施料を取るつもりなら、最初から低い料率に設定して他企業が参入しやすい形を作る方がいいのではないだろうか。

 

特許開放をメインに仲間づくりするよりも、部品規格の共通化や共同開発、協力体制の呼びかけを前面に掲げてパートナーを募り、その仲間内で特許開放を提唱した方がいいように思うのだが・・・

 

昔から『タダより高い物はない』とも云われているが、無償という言葉に飛びつくのはいささか危険な感じもする。

 

化石燃料からの脱皮に賛同する消費者の一人として。

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

最近、食べ物への異物混入がさかんに取りざたされています。

 

景気が悪くなって費用削減に走った会社では、しばらくすると

何故か不良品が増えるんです。

経営者としては、実に頭の痛いことでしょう。

 

でも、食べ物は人が口に入れるものですから、

安全最重視の費用削減策を考え出してもらいたいですね。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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