━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第58号 ━━
長年、特許の仕事をしていたので、数多くの発明者と接し、そして、多くの特許事務所とお付き合いさせて頂いた。
その間よく耳にしたのが、発明者から言われた次のような言葉だ。
「あの事務所とは、もう付き合いたくない。」
「担当事務所を変えて欲しい。」
理由を聞くと、その大半が
「何を言ってるのかよくわからない。」
「説明してるのに理解してもらえない。」
というものだった。
そして、このようなケースでは、特許事務所から上がってきた出願明細書も不出来なものが多い。
一方、特許事務所の方も言いたいことがあるのだろうが、クライアントへの遠慮のせいか面と向かって苦言を聞いた経験はあまりない。
コミュニケーションが悪い! と云ってしまえばその通りかも知れない。
しかし、よくよく見ると、人は違えどそこには共通点があることに気付かされる。それは、『言葉』だ。
発明者は開発現場で生きるプロだ。従って、技術専門用語だけでなく現場用語を多用する。
例えば、「チョコテイ」や「シュンテイ」
「チョコテイ」とは、設備等がちょこっと停止すること。
「シュンテイ」も、設備が瞬間的に止まり、また元の状態に復帰することを指す。
更に、「シュンテイ」にも、「瞬低」と「瞬停」がある。「瞬低」の方は、瞬間的に電圧が下がること。一方、「瞬停」は瞬間的に止まってしまうこと。
現場を知っている者でなければ、正確にその意味を理解することは難しい。
これに対して、特許事務所が普通に使う言葉が、「新規性」「進歩性」「構成要件」・・・といった特許専門用語である。
特許屋にとっては常用語でも、技術者には馴染みの薄い言葉である。
冷静に単語だけを解釈すれば常識で理解できるはずだ、そう思っている人達も多いだろう。
しかし、実際にこのような用語を使って、技術のプロと特許のプロが話を始めたらどうなるか?
最初のうちはスムーズな会話でも、一つ歯車が噛み合わなくなると、プロ同士の意地とプライドのぶつかり合いへと転じてしまうのである。
特許屋は言う。「このままではクレーム(請求項)が書けない。」と。
発明者は反論する。「それは、私の技術を理解していないからだ。」と。
こんなセリフが飛び出せば、もう取り返しがつかない。押すに押せず、引くに引けなくなってしまう。
しかも、特許屋がその技術に慣れている場合には、発明論争ではなく技術論争に陥ってしまい、特許は遥か彼方へと追いやられてしまう。
ミスリード(誤った手助け)の世界だ。
(個人的には、特許屋は技術を知らない方が良く、むしろ分からないことは解からないと正直に言える方が良い、と思っている。)
ここで、ミスリードの世界に填まらないようにするのが、知財担当者の役目なのだ。
知財担当者は、トランスレータ(翻訳者)なのである。
「技術用語や現場用語」を特許用語に翻訳し、「特許用語」を技術用語や現場用語に翻訳する役目。これが、知財担当者の最も大事な役目である。
ただし、翻訳とは、直訳であってはならない。また、意訳であってもならない。
知財担当者に求められる翻訳力とは、「質問力」のことである。
質問といっても、
「それは、どういう意味ですか?」とか、「それは、何ですか?」といった相手に説明を求める質問ではない。
聞かれた方が、「イエス」か「ノー」できっぱりと答えられる質問のことである。
何故、このような質問が大事なのか・・・
(それは、次回に解説させていただきたい。)
それでは、また。
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★ 編集後記
良い特許事務所の見分け方は? と聞かれたら、
自分的には、やはり前にも書いたように「幼稚園児に分かるように特許の話ができる事務所」と答えたいですね。
これって、結構難しいですよ。