━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第59号 ━━
あれは、確か米国で起こした特許侵害事件の大きな裁判だった。
こちらから仕掛けた訴訟なので絶対に負ける訳にはいかない。法廷で足元をすくわれないよう念には念をということで、特許の発明者と米国弁護士の打ち合わせの機会を設けた。
特許技術を細かく弁護士に理解してもらうためである。
打ち合わせは、特許の概要を大まかに説明した後、弁護士の質問に発明者が答えるというQ&A形式の手順で進行した。
しかし、問題が起きたのは、このQ&Aの時だった。
初めのころはスムーズに進んでいたQ&Aが、ある質問を機に突如挫折したのだ。
弁護士の質問に答えようとした発明者が、急に自分の特許を否定する発言を始めたのだ。
あっけにとられた弁護士は、何度も同じ質問を繰り返したり、質問の内容を変えてみたりと、軌道修正に乗り出した。
しかし、発明者の答えは、ますます特許を否定する説明へと拍車がかかった。
もう、取り返しがつかない状態だ。このままでは、特許技術の再現性が疑われ、特許無効と断定される危険性がある。
発明者は、これまでに多くの特許を取得した博士号の資格を持つベテランのエンジニアだ。
Q&Aでこんなに揉めるはずはないと高をくくっていた私は、慌てた。
この状況をどうやって収めたらいいのだろうか。
弁護士は、既に特許への不信感を滲ませており、事態は深刻化していく一方だ。
何とかしなければ・・・
咄嗟に、両者の間に割って入った私は、What、Why、Howの付く質問を全てWhichに置き換える質問に変換した。
質問を受けた方が、yesかnoで答えられるように翻訳したのだ。
5~6回翻訳を繰り返すうちに、拗れた糸が徐々にほぐれ始めてきた。
30分もすると、両者の誤解は完全に解けていた。打ち合わせが終わった後、弁護士から言われた「Good job!」の声は心地よかった。
発明者は、とにかく丁寧に答えようとして、考えつくあらゆる可能性を全部説明したのだ。
それが、却って弁護士を混乱させる結果となり、収拾のつかないQ&Aで、特許と技術の専門用語が飛び交う理屈の世界へと発展していったのだった。
専門家というものは、自分の牙城が侵されそうになると難解な理屈をこねたがる習癖があるようだ。それも、「は行」の理屈が多い。
は・・・葉理屈(葉先でつつくような細かな理屈)
ひ・・・飛理屈(飛躍しすぎてついていけない理屈)
ふ・・・不理屈(不可解で謎めいた理屈)
へ・・・屁理屈(文字通りの、へ理屈)
ほ・・・補理屈(補足のための正しい理屈)
これらの理屈の中から、最後の補理屈を導き出すのに有効なのが、yes-no質問なのである。
二者択一であれば、誤解を生じる危険性がないからだ。
ちょっとしたやり取りの誤解が、とんでもない結末を招く様を幾度となく見てきた。
「答え易い質問」と「分かり易い答え」、当たり前のようだが、なかなか出来ないものだ。
『良い質問が良い答えを導く』
人にものを尋ねる時には、是非思い起こして頂きたい。
それでは、また。
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★ 編集後記
「憶測や推測で物事を決めつけるな!」
「確認を伴わない報告はno good!」
真実を見失わないための、私の座右の銘です。