━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第62号 ━━
(前号の続き)
報道によれば、裁判の途中で自らの非を認めるような行動をとったサンヨー食品・・・ 一体、何故??
考察するに当たって、最も疑問に思うことは、サンヨーが商品化を決めるまでの経緯である。
サンヨーがストレート麺を商品化したのは、日清より2年以上も後で、しかも、日清の特許が公開されてから1年半以上も経ってからのこと。
察するに、サンヨーとしては、既に世に出回っていた日清のストレート麺の実物と公開された特許を細かく分析して、対策を立てる十分な時間があったはずだ。
サンヨーともあろう会社が、ライバルの日清の技術をそのまま転用するとは考えにくい。当然、商品化前に万全の対策を立てていたことだろう。にもかかわらず、
まさか、日清から文句を言われるとは、社内の誰が予想したであろう。
しかし、結果は、日清には訴えられ、しかも裁判の最中に製造変更を余儀なくされてしまったのだ。
どうして、このようなことが起きるのだろうか!
それは、知財専門家としての『驕り』と、技術者に対する『甘さ』があったからだと推測する。
自分自身を顧みても、この「驕りと甘さ」には、随分と悩まされたものだ。
極端な言い方かも知れないが、特許屋は、白を黒と云い、黒を白という二律背反(アンチノミー)の世界で生きている。
僅かな違いを見つけては、これは特許だと主張するし、僅かしかない違いを見つけ出しては、これは特許じゃないと理論武装するのが仕事である。
それが、成功することもあれば失敗することもある。しかし、会社のためだと信じて成し遂げなければならない責任を負っているのだ。
そのうち、針小棒大に膨らませた自分の理屈に固執するようになり、客観的な判断が伴わなくなる。
これが、『驕り』なのである。
そして、もう一つ。
特許屋も社員の一人であり、現場の技術者の苦労を日々目の当りにし、その厳しさを肌で感じている。
浪花節ではないけれど、情に駆られてついつい技術者が考え出した回避アイデアの肩を持ちたくなるものだ。
これが、『甘さ』である。
この「驕りと甘さ」が、時として特許屋の目を狂わせるのである。
金も時間もかけられない状況の中で、やっと見つけた僅かな違いを絶対神の如く信じ、自分に有利な理屈を必死で考え出そうとする。
これこそが、知財部の「隠れた落とし穴」と云えよう。
しかし、敢えて言わせてもらえば、特許専門家たる者この落とし穴には一度は填まるべきだと思っている。
何故なら、競合がひしめくビジネスの世界では、ギリギリの戦いをしなければならないからだ。
そして、この接戦の勝負に勝ったものだけが生き残っていけるのだ。
この意味で、サンヨーの戦い方は正しかったと思う。
ただ、問題は、落とし穴に填まったまま商品化に踏み切ったことであろう。
裁判で争っている際、日清側から思いもよらない弱点をつかれて、彼等の理論武装が崩れ出したと考えても不思議ではない。
大事なのは、商品化決定の前に、填まった落とし穴に「気付くこと」。そして、そこから「抜け出すこと」である。
そのためには、どうすれば良いのか!
(次回、ご紹介したい)
それでは、また。
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★ 編集後記
特許の専門家は、決して技術の専門家ではありません。
しかし、技術者の言葉に耳を傾け、その言わんとする所の
本質を見極める力は必要です。
昔、上司に言われました。
本質を捉まえるコツは、「素直になること」だと。
出来るようで、出来ないことの一つです。