━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第69号 ━━
ノートパソコンで、蓋を閉じると作業状態を維持したまま自動的に省電力モードに入り、蓋を開けると以前の作業状態に復帰するサスペンド&レジューム特許。
この特許で、米国のPCメーカに差止め請求と損害賠償請求を求め、カリフォルニア連邦地裁で争っていた時の話。
相手は、低価格PCを売りにした安売り専門の会社だった。
半導体グループから情報処理グループに異動なり、途中からこの裁判を引き継いだ私は、
ITバブル崩壊直前の劣悪な経済状況の中で、これ以上裁判を長期化させるのは費用の浪費だと判断し、和解の道を選んだ。
しかし、こちらから仕掛けた裁判なのに、正直に和解を申し出るとなると、相手に足元を見られる恐れがある。
そこで、和解のきっかけを掴む何か良い手立てはないものかと考えあぐねていた時、都合のいいことに、相手の方から会いたいとの申し出が来た。
これはチャンスとばかり、すぐさま米国行きの切符を手配した。
ところが、よくよく考えてみると会う目的が書かれていないことに気が付いた。
彼等は、何のために会おうといい出したのだろうか・・・!?
目的を問いただす返信を送ることも考えたが、時間ロスの方が大きく感じられた。
しかも、その間に、もしも相手の気が変わりでもしたら元も子もないと思い立ち、出たとこ勝負とばかりに太平洋を渡った。
こちらの担当弁護士をワシントンD.C.から呼び寄せ、打ち合わせもそこそこに相手の会社へと向かった。
会議室で待っていると、社長が入ってきた。
小太りで穏やかな顔立ちだが、どこかしら悲壮感を漂わせているように見えた。
我々は、敢えて口数を少なくし、相手の出方を待っていた。
すると、話が裁判の話題に触れたとたん、彼の表情が変わったのだ。
なんと、「私は、まもなくこの会社を出て行く身だ。」から始まり、次々と親会社の悪口を捲し立てたのだ。
親会社とは、韓国の企業のことである。
しばらく、彼の話を聞いていると、まるで職探しのように聞こえる。それも、我々の会社で雇って欲しい気配を仄めかせているようだ。
情報提供するとか、自分の人脈はどうだとか・・・
まるで、ドラマの1シーンをみているようで、これには、いささか出鼻を挫かれてしまった。
後から分かった話だが、彼は親会社のワンマン経営について行けず黒い噂をマスコミに流していたのだった。
考えてみれば、米国進出を目論んだ外国企業が、現地で採用した社員とイザコザを起こすのは、よくあるケースだ。
しかし、社内でトラブルを起こした相手企業の人間を裁判に利用するのは気が引ける。
もしかしたらと期待を持って急ぎアメリカへ来たものの、結局、愚痴だけを聞いて退散する羽目になってしまった。
ただ1つ分かったことは、交渉の相手は韓国だということだった。
韓国相手となると、一から作戦の立て直しをしなければならない。
親会社が、この訴訟を一体どのように捉えているのか!
勝敗の見込みをどう立てているのか!
そして何より、我々の特許をどう評価しているのか!
帰りの飛行機の中で、前途多難な予感を感じずにはいられなかった。
戻ったら、仁川空港行のフライト予約が待っている。
交渉の舞台はソウルだ! ・・・ 次号へ続く
それでは、また。
★ 編集後記
今でこそ、パソコンと云えば誰しもがパーソナルコンピュータだと分かる時代ですが、パソコン初期のころは、ラップトップだとか、二―トップだとか、ハンドヘルドだとか、色々な呼び方をされていました。
そんな中、名機と呼ばれたPC8000を始め、PC6000やPC100といった古のパソコンの特許を担当したことを昨日のことのように思い出します。
実は、これらのPCは半導体グループのIC設計者たちが作ったものでした。コンピュータ技術者が作り始めたのは、PC9800以降の機種からです。