知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

ドラマのような和解交渉・・・特許論争の行方 サスペンド&レジューム特許:第71号

2015年5月18日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第71号 ━━

 

(前号の続き)

 

特許交渉で最も時間を費やすのは、特許を使っているか否か(すなわち、侵害か否か)を議論する権利解釈論争である。

 

我々の特許の特徴は、蓋の開閉に応じて自動的に電力消費モードが切り替わるという点にある。

 

今回、相手の知財部長が非侵害の理由として主張してきたのは、彼等のノートPCは蓋を閉じても直ぐにはモードが切り替わらないというものだった。

 

何故そのようになっているかと云えば、一旦低電力モード(パワーセービングモード)に入ると、そこから元のモード(アクティブモード)に復帰するのに時間がかかるからだ。

 

そのため、間違って蓋を閉めたことに気付いた使用者が直ぐに蓋を開けたとしても、アクティブモードに復帰するまでは作業が出来ない。

 

この不便さを解消するために、彼等のPCは蓋を閉じた後、しばらくしてからパワーセービングモードに切り替わるようになっているとのこと。

 

従って、我々の特許は「使っていない」と言うのだ。

 

確かに、特許明細書は、彼等の云う不便さについては何も言及していなかった。

 

さすがに知財部を持っている会社だけのことはある。よく研究しているようだ。

 

しかし、特許のクレームは、「蓋の開閉に応答して自動的にモードが変わる」としか言っていない。

 

そこで、我々は次のように反論した。

 

モード切り替えを直ぐに行うか、しばらくしてから行うかは、何等重要なことではない。

 

使用者がモード切り替えのために『特別な操作をする必要が無い』というのが、特許の効果である。

 

貴社のPCは蓋を閉めた後自動的にモードが切り替わるようになっているから、我々の特許の効果を十分に享受しているではないか。

 

よって、貴社の主張が非侵害(不使用)の根拠になり得ないのは明らかだ。

 

これに対する相手の反論は、次のようなものだった。

 

特許のクレームには、蓋の開閉に応答してモードが切り替わると書いてあるが、我々のPCは蓋の開閉ではなく時間の経過に応答してモード切り替えが行われているので断じて侵害はしていない。

 

これを聞いて、「しめた! 相手は墓穴を掘った。」そう思った。そこで、

 

それならば、時間が経過すると蓋を開けたままでもモードが切り替わるということになる。本当にそうなら、今、ここで実際に試してみて頂きたい。

 

相手は、黙ってしまった。

 

蓋が閉まるとタイマーが自動的に動きだし、所定の時間が経過すると自然とモードが切り替わるようになっているからである。

 

最大の難関である侵害論争は突破できた。そして、いよいよ裁判の訴因である損害賠償と差止め請求の話合いに移った。

 

戦う気力が失せたのか、相手はこちらの話を黙って聞いている。

 

我々は、ライセンス契約に応じてもらえるなら、訴訟を取下げる用意はある、と水を向けて見た。

 

彼は、ライセンス料はいくらだ?と聞いてきた。

 

早期和解に持ち込んで、これ以上の訴訟費用の出費を抑えたいのがこちらの狙いだったので、通常の特許交渉とは違い、これまでにかかった訴訟費用を清算できる程度の数字を提示してみた。(守秘義務の都合上、ここでは具体的な数字は控えさせていただくことをご了承下さい。)

 

その数字を聞いた相手は、「上司と相談して明日返事する」と答えてくれた。

 

次の日、上司の承認をもらったので契約に移りたいとの申し出があった。

交渉は成功だ! 一安心である。

 

用意しておいた契約書を渡して調印に入ろうとしていた時、会議室のドアが開いて社長の息子が入ってきた。

 

「私は、許可していない。」の一言。

 

突然、水を差された我々は面食らってしまった。しかし、それ以上に相手の知財部長の方が呆然としていたのが見てとれた。

 

ああ~、また振り出しに戻ってしまったようだ・・・

 

その時、副社長(社長の息子)の口から意外な言葉を聞いたのだった。

 

結末は、次号で紹介したい。

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

事件の話を細かくご紹介しているのは、交渉の雰囲気を少しでも感じ取って頂き、いざという時に役立ててもらいたいからです。

 

交渉での駆け引きは、その場の雰囲気に呑まれないこと!

予期せぬ出来事が起きても冷静さを保つことが大事です。

 

『慌てる乞食は、貰いが少ない。』 まさに、その通りです。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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