知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

ドラマのような和解交渉・・・二転三転の結末とは! サスペンド&レジューム特許:第72号

2015年5月25日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第72号 ━━

 

「私は、許可していない!」

 

そう言って突然現れ、まとまりかけていた交渉をひっくり返した副社長は、席に着くとテーブルの上に足を投げ出して話を続けた。

 

「アメリカでどんな話を聞いて来たか知らないが、勝てる裁判を止めるバカはいない。止めたければ我々に慰謝料を支払って貰いたい。この争いを終わらせるには、それしか方法はないはずだ。」

 

何ともイラッとさせる横柄な態度である。そこで、何故勝てると思っているのか、聞いてみた。

 

答えは、弁護士が勝てると言ったから、とのこと。

では、「どんな特許で争っているのか知っているのか?」と聞いた所、

 

特許の内容は知らなくても良い、勝つか負けるかが分れば事足りるとの答えだ。

 

これでは話にならないと悟った我々は、「いずれ法廷で会おう」と言って会社を出た。

 

ホテルに着いて、明日に予定していた帰りの便をキャンセルして今日帰れるよう予約待ちをしていた時、相手の知財部長がホテルまで訪ねてきた。

 

ロビーの椅子に座って用件を聞くと、先程の副社長の考えは会社の考えではなく、彼個人の考えだと釈明した。さらに、社長と会長から和解の承認をもらうから、明日もう一度来て欲しいとのこと。

 

そこで、明日改めて訪問すると約束して別れた。

 

落ち着かない夜を過ごし、次の日会社を訪ねると、昨日とは打って変わって大勢の人が動き回っている。昨日は芝居だったのか、と疑いたくなるほどだった。

 

会議室で待っていると、知財部長と常務が入ってきて、昨日の無礼に対する謝罪が述べられた。

 

そして、社長が直接契約のサインをしたいと言っているが、急な出張で明日戻ってくるから、調印は明日にして欲しいと言われた。

 

それならば仕方ないと言って了解すると、今度は、契約の中身で修正して欲しい点があるとの申し入れを受けた。

 

どこを直したいのか尋ねて見ると、支払時期と支払方法を今の倍に緩めて欲しいとの要求だった。

 

アメリカの件といい、昨日の副社長の件といい、どこか疑いたくなる要素の多い会社が、今度は契約条件について注文をつけてきたのだ。

 

理由を訊くと、経営が厳しいからだとの答えが返って来た。彼等の経営状態については事前に調査しておいたので、苦しい状況であることは承知していた。

 

しかし、条件を緩めたからといって守られる保証はどこにもない。

 

そこで、条件変更についてはトップの了解が必要との理由で即決を避け、こちらの回答を引き延ばした。

 

ただ、経営難が本当に深刻ならば、むしろ和解金を下げてでも早目に貰い受ける必要がある。

 

その見極めがしたくて、事業戦略の中期計画について説明を求めることにした。

 

彼等は戦略担当の役員を連れてきて、プレゼンテーションをしてくれた。内容は、お得意の低価格帯の製品比率を減らして高額製品のシェア増強を目指していくらしい。

 

携帯電話市場が伸びつつある中、低価格帯からの脱却は理に適っている。しかし、そのための技術力をどうやって補おうとしているのだろうか・・・?

 

この疑問を見越したかのように、彼等は米国ベンチャー企業の買収計画があることを仄めかした。

 

まだ、金は持っているらしい。

 

一通り話を聞いた後、こちらの回答は一日延ばして明後日と言う事にした。

 

急がば回れだ。ここは、ソウル滞在を延ばしてでもじっくりと構える必要があると思ったからである。

 

しかし、その時には既に対案は考えていた。和解金とは別に一時金を手に入れることと、債権者としてのアドバンテージの確約を取ることである。

 

支払期間を緩和する代償としての一時金、そして万が一倒産した時のことを考えて債権者の地位を確保しておきたかったからだ。

 

回答日の夕刻、ホテルから彼等にこちらの要求を伝えた。

 

数時間後、社長の決裁が下りたので調印したいとの連絡を受けた。長かった交渉が、やっと終わった瞬間である。

 

既に、夜の11時を過ぎていた。

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

余談ですが、その会社は数年後に会社更生法の適用を受けました。

 

そして事前に、知財部長から毎年の支払いをしばらくステイして

欲しいとの連絡がありました。

 

既に訴訟費用は回収していたので、ステイOK!の返事を返しました。

そのお礼の書簡を見て、早く立ち直って欲しいと願ったのを覚えています。

 

因みに、副社長は、アメリカの子会社の社長として赴任していました。

武者修行だそうです。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。