知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

今でも悔やまれる負け戦(1) SIMM特許訴訟:第73号

2015年6月1日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第73号 ━━

 

『日本勢、米国で敗訴。 製造・販売差止め!』

忘れもしない、新聞でこの文字を見た時のことを・・・

 

SIMM(Single In-line Memory Module)特許、それは

 

30本のピン(端子)を持つ細長い長方形のプリント基板上に9個のメモリチップを横一列に並べるという特許である。

 

パソコン等の増設メモリとして標準規格に採用されており、アメリカに本社をおくコンピュータメーカW社の特許である。

 

本社がアメリカとは言っても、創設者は中国人だ。

 

同社との訴訟は1990年、今から四半世紀も前のことである。思えば、

 

特許の侵害警告を受けてから裁判に突入するまでの期間が異常に短かった。

 

警告を受けた時には、既にSIMMメモリとして規格化されており、メモリメーカなら誰もが同様の製品を大量生産していた時期である。

 

特許の明細書を見ても、難しい技術は何も書かれておらず、理解するのに然程時間を要することもなく至って分かり易い発明だった。

 

しかし、侵害警告書をもらってから訴状が送達されるまでの時間はあまりにも短く、会社としての対応方針を決める余裕もないまま、半ば強引に法廷に引きずり込まれた戦だった。

 

そのため、特許の有効性調査や細かな権利解釈は、裁判進行の合間を縫ってやるしかなかった。

 

もはや、完全に相手のペースで全ての事が進んでいた。

 

しかし、そんな言い訳はどうでもよい。戦に臨んだ以上は、その状況がどうであれ、全力で戦うしかないのだ。

 

特許のクレーム(権利内容)は、至ってシンプルだ。大まかに言えば、

 

・30本の端子をもつ矩形上のプリント基板に

・9個のメモリチップを横一列に配置し

・メモリチップの間には8個のデカップリング

コンデンサを設け、

・このメモリモジュールを所定の角度でマザーボードに

搭載する支持部材を有するSIMMモジュール

 

が特許の要件である。

 

どこかに非侵害の根拠となる文言が隠れていないか、このシンプルなクレームを一言一句、何度も何度も読み返したのを覚えている。

 

まさに、重箱の隅を突くかのような作業だった。

 

冠詞や定冠詞、副詞や動名詞に至るまで一文字ずつ丁寧に追ってみたが、期待する成果はなかなか生み出せなかった。

 

『シンプルな特許は手強い』と、つくづく痛感した。

 

一方、同時並行して行っていた無効資料調査では、かなりの成果があがっていた。

 

シンプルな特許は、逃れるのが難しい反面、潰すのは比較的容易という鉄則がある。

 

そこで、非侵害よりも特許を無効にするための調査と理論武装に焦点を定めた。

 

SIMM特許の狙いは、必要なメモリ容量を小スペースに実装することである。

 

そのために、メモリをモジュールタイプにして、マザーボードに抜き差しできるようにしたことが特許の特徴だと捉えていた。

 

しかし、ここに後々大きな禍根を残すことになる罠が仕掛けられていたのだった・・・

 

(次回へ続く)

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

最近の特許明細書は、発明の内容というよりも用語の解説のように見えます。

 

審査基準が変わったといってしまえばそれまでですが、技術開示書ではなく用語解説書のようで違和感を覚えるのは年をとった証拠でしょうか・・・

 

明細書の文字数を増やして、

苦しむのは、誰?

儲かるのは、誰?

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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