━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第75号 ━━
人は時として自分の立てた理屈の世界に入ってしまうと周りが見えなくなるものだ。
特に、特許訴訟の世界では、苦労して探し当てた証拠を見て「これならいける!」と思った瞬間に大きな過ちを犯しやすい。
私が『3ピンの壁』を乗り越えることが出来なかったのも、まさしくこれだった。
SIMMの発明者は、何故3本の余分な空きピンを作ったのか!
その答えは、SIMMを実装するマザーボードにあった。
当時の半導体技術は、皆が高集積化(微細化)に注力しており、1個のメモリチップに作り込まれるメモリ容量は4倍単位で増加していた。
メモリ容量が増加すると、必要とされるアドレスのビット数も必然的に増えていく。
このことは、メモリ容量の増加に伴ってSIMMを搭載するためのマザーボードのアドレス信号線を1本ずつ増やしていかなければならないことを意味する。
その結果、SIMMを使う装置では、メモリ容量が増える毎にいちいちマザーボードを設計し直さなければならないという不都合が生じる。
これを避けるために、発明者は敢えて3ピンの空きピンを予め用意しておくことで、メモリ容量が増加してもマザーボードを設計し直さなくても済むよう配慮していた訳である。
そう云えば、新入社員の頃、工場実習先でテスタ用のプリント基板を設計した時、
基板全体を使って回路設計をした私に、現場の主任から「基板を目一杯使って設計したらダメだよ。どこか一部に空きスペースを作っておかないと変更が生じる度に作り直さなければならなくなるよ。」と教えられたものだ。
「future use」の真意は、正にここにあったのだ。
小スペースでの実装にばかり気を取られていたため、3ピンの壁を乗り越えることができなかったこちら側の大きなミスだった。
一方、裁判では、このミスを突かれないよう十分に理論武装をして臨んだつもりだったが、これが全く役に立たなかった。
9人の陪審員は誰もが高齢者で、とても技術が理解できるような集団ではなかった。
百分率も分からないような集団に、当時最先端の半導体メモリ技術を理解してもらうのは半ば不可能だったのだ。
相手方の弁護士は、「どれを見ても、30本のピンが示されている証拠はない。27と30は数が違うのだ。」とだけ反論した。余計な議論は不要だった。
これで、陪審員は全員が納得した。
まさに、完敗だった。
米国の陪審裁判に、技術論争は向いていない。
そう云えば、ハネウェルとミノルタのカメラ訴訟では、ハネウェル(米国)が東洋人の俳優を使って日本人が如何に灰汁(あく)どい商売をしているかを見せつける寸劇を演じさせたという。
訴訟テクニックと言ってしまえばそれまでだが、どちらの理屈が正しいかではなく、どちらが悪い事をしたかを分かり易く伝える場、それが陪審裁判なのだ。
この経験以降、私は技術者と話をする時も、セミナーや講演会でも極力専門用語は使わずに、誰にでも理解できる分かり易い言葉を選んで使うように心がけている。
そのためには、伝えたい事の本質を理解していなければならない。
知ったかぶりの専門用語で誤魔化そうとする人も多いが、そう言う人に限って物事の本質を理解していないようだ。
特許屋にとって最も大事な事は、大所高所から発明の本質を捉える力だと思う。
でも、なかなかこれが出来ない自分に腹が立つことも多い。
日々、精進しなくては。
それでは、また。
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★ 編集後記
最近、日刊工業新聞のNBLAエキスパートクラブで発信している無料レポート『堤流・知財の流儀』のご請求が増えてきました。
とてもありがたいことです。
特許に与えられた「排他的独占権」
これは、独り占めするために使う権利ではなく、リーダであり続けるために使う権利だと私は考えています。
そのためには何が必要か! どうすれば良いのか・・・!
今後も情報発信を続けていきたいと思っています。