━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第77号 ━━
ポラロイドカメラの発明は、3歳の娘が言った「どうして撮った写真は、すぐに見れないの?」の一言からドラマが始まった。
味の素の発明は、奥さんの作った湯豆腐の出汁昆布がドラマの始まりらしい。
亀の子タワシは、障子の桟の掃除がきっかけだとか。
そう云えば、3M社のポストイットのドラマは、強力な接着剤を開発しようとして出来た失敗作、
良く着くけど、すぐに剥がれてしまう接着剤と、目印に挟んでおいた栞が開けた瞬間にヒラリと落ちてしまった切ない話のドッキングが、あのポストイットの誕生秘話だと言われている。
どんな発明にもドラマがある。
そして、そのドラマこそが発明者の血と汗の結晶なのである。
しかしながら、残念なことに、発明にどのようなドラマがあったかを想像できる特許明細書に出会うことは滅多にない。
どの明細書も、皆同じように「課題と構成と効果」が整然と書き記されているだけだ。
今までのものには、こんな欠点があり、だから、こうしたら良くなった、と。
このような流れで明細書を書きなさいと特許庁が指導しているせいもあり、致し方ないと云ってしまえばそれまでだが、
発明は、脚色の無いノンフィクションのドラマであり、
そして、そのドラマの中に発明者の独創的な技術思想が脈々と息づいている。
『発明が技術思想の創作』であるならば、発明というドラマのシナリオをどう描き、どう表現していくのかが、明細書を書く特許技術者の腕の見せ所とでも言うべきではないだろうか。
「良い明細書」とは、課題と構成、そして効果の3要素がロジカルに、かつ分かり易く記載されている明細書を指す。
しかし、私は、「良い明細書」より「強い明細書」が好きだ。
何が違うのか? と問われれば、「説得力」だと答えたい。
審査官に感動を与え、「なるほど」と思わせるパンチの効いた明細書、これが『強い明細書』だ。
従来の技術は、これこれで、そこには、こんな欠点があった。本発明では、このようにすることで欠点を解決し、これこれの効果を得ることが出来る。
これが、極めて一般的な特許のシナリオで、審査官が日々目にする明細書のスタイルである。
このシナリオに強さを持たせるには、次の2つのスパイスを加えると良い。
1) 何故、従来はそのような欠点が起きていたのか、その欠点をどうして解決できなかったのか。
(課題の発生原因と解決の困難性)
2) どうやってその発明を思いついたのか、他のやり方では何故いけないのか。
(発明の優位性と特異性)
このスパイスは、発明というドラマの中のどこかに必ず隠れているものだ。
そして、このスパイスを見つけ出すことが、特許技術者の役目なのだと言いたい。
発明は、発明者の「苦悩と努力とヒラメキ」から生まれる。そして、これがスパイスの原石となるのだ。
発明者から聞いたアイデアだけに目を留めていたのではこの原石は見えてこない。
発明というドラマは、発明者がアイデアを完成させた時ではなく、特許庁に出願した時に完結するのである。
そして、このドラマを完結させるのは、他でもない特許技術者なのだ。
発明の原石を、どうやって見つけ出すか、そして、それをどのように表現するか、これが強い明細書の決め手だと云えよう。
スパイスを加えるのは、発明者ではなく特許技術者なのだ。
それでは、また。
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★ 編集後記
この拙い手記をお読みいただいている読者の皆様には、心より感謝申し上げます。
これまで、ほぼ週一回のペースでメルマガを発信して参りましたが、コンサルタント業務の都合上、不定期発行とさせて頂きますことをお詫び申し上げます。
これからも、出来る限り発信を続けて参りたいと思っておりますので、
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。