━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第81号 ━━
今、日本では、トヨタ、パナソニック、ダイキンといった大手の企業が、次々と特許の無償開放を発表しています。
その狙いは、市場の開拓や拡大のための『仲間作り』にあると推測されますが、実は、この「無償開放」という言葉にお粗末な経験があります。
新製品に使う部品の調達を任された技術者が、部品業者を探していた時の話です。
自社のスペックに合致する部品を作っている業者Aを探し当てた所、その営業マンから、
「うちは、部品の構造特許を持っているが、無償で開放しているから安心して使って下さい。」と言われ、同じ構造の部品を別の業者Bにも作らせ、不測の事態に備えて二社購買することにしました。
ところが、後日、業者Aは業者Bを特許侵害で訴えたのです。
驚いたのは、当社の技術者です。無償開放だって言ってたはずなのに・・・
よくよく調べて見たら、業者Aの営業マンが言った無償開放とは、部品販売に伴う特許権消尽のことだったのです。
正当な対価を払って特許権者から部品を購入した者が、自己の業としてその部品を使用する場合、黙示的に特許の使用が許されるというやつです。
業者Aの営業マン、当社の技術者、どちらにも過失があったと言えますが、事態の収拾には大変苦労しました。
「タダより高いものはない」・・・故人の尊い教えです。
「無償」という言葉には、提供する側も、提供される側も過敏に反応するものです。
しかし、最初に「無償」と言い出した方に最も重い責任があるのではないでしょうか。
苦労して手にした特許権をタダで開放するのだから、何が起きようと自分達に責任はない、という考えは間違っています。
「無償」に対する責任の重さを決して忘れないでいただきたいと思います。
それが、無償に対する「決意」です。
そして、その責任は、他人に対する責任だけではなく、自分に対する責任でもあるのです。
それが、無償に対する「注意」です。
特許を無償で開放するからには、自社品と同じ製品を他社も作れるということです。
同じような製品が市場に出回ると、消費者はどちらを選ぶでしょうか。
品質が同じなら、消費者は安い方を選ぶでしょう。
そうなると、必ずと言っていいほど、価格競争の世界へと引きずり込まれ、市場が拡がっても利益は出ず、薄利多売の争いを強いられる羽目になりかねません。
大事な技術を他人に渡し、売上までも他人に献上するようでは、もはや『商売』とは言えません。
無償開放に対する自己責任とは、言い換えれば、常に市場でリーダシップを執り続ける覚悟があるかどうか、ということだと思います。
これは、市場をコントロールするということではなく、常に自らが新しさを追い求め、市場に新風を送り込むということです。
「仲間作り」とは、「他人任せ」や「他力本願」ではなく、自らが旗を振るということではないでしょうか。
そのためには、価格以外で、何か一つ消費者に分かり易いNo.1を持つことが大切だと思います。
品質、デザイン、サービス、修理、使い勝手、・・・
何でも構いません。 一つでもいいから、これだけは、誰にも負けない! というレッテルを消費者やお客様に貼ってもらい、お客様の目を惹きつけることが大事だと思います。
市場を拡大するのは、会社ではなくお客様なのです。
築き上げた折角の財産を無駄にしないために。
それでは、また。
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★ 編集後記
ラグビーファンの一人として、今年のワールドカップは胸躍る思いで観ています(残念ながら決勝リーグ進出の夢は断たれてしまいましたが・・・)。
ラグビーのチームプレー精神を表わす言葉として、「One for all,All for one.」という言葉があります。
この意味は、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と訳されているようですが、本来は、「一人はみんなのために、みんなは勝利のために」と訳すのが正しいそうです。
仲間に頼るのではなく、一人ひとりが自立して勝利に向けて団結する、それがチームプレーなのだと。
チームプレーが必要な特許開放戦略では、「一人はみんなのために、みんなは市場のために」とでも言うべきなのでしょうか・・・。