知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

特許の無償開放に、ちょっと一言 無償の責任:第81号

2015年10月13日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第81号 ━━

 

今、日本では、トヨタ、パナソニック、ダイキンといった大手の企業が、次々と特許の無償開放を発表しています。

 

その狙いは、市場の開拓や拡大のための『仲間作り』にあると推測されますが、実は、この「無償開放」という言葉にお粗末な経験があります。

 

新製品に使う部品の調達を任された技術者が、部品業者を探していた時の話です。

 

自社のスペックに合致する部品を作っている業者Aを探し当てた所、その営業マンから、

「うちは、部品の構造特許を持っているが、無償で開放しているから安心して使って下さい。」と言われ、同じ構造の部品を別の業者Bにも作らせ、不測の事態に備えて二社購買することにしました。

 

ところが、後日、業者Aは業者Bを特許侵害で訴えたのです。

 

驚いたのは、当社の技術者です。無償開放だって言ってたはずなのに・・・

 

よくよく調べて見たら、業者Aの営業マンが言った無償開放とは、部品販売に伴う特許権消尽のことだったのです。

正当な対価を払って特許権者から部品を購入した者が、自己の業としてその部品を使用する場合、黙示的に特許の使用が許されるというやつです。

 

業者Aの営業マン、当社の技術者、どちらにも過失があったと言えますが、事態の収拾には大変苦労しました。

 

「タダより高いものはない」・・・故人の尊い教えです。

 

「無償」という言葉には、提供する側も、提供される側も過敏に反応するものです。

 

しかし、最初に「無償」と言い出した方に最も重い責任があるのではないでしょうか。

 

苦労して手にした特許権をタダで開放するのだから、何が起きようと自分達に責任はない、という考えは間違っています。

 

「無償」に対する責任の重さを決して忘れないでいただきたいと思います。

 

それが、無償に対する「決意」です。

 

そして、その責任は、他人に対する責任だけではなく、自分に対する責任でもあるのです。

 

それが、無償に対する「注意」です。

 

特許を無償で開放するからには、自社品と同じ製品を他社も作れるということです。

 

同じような製品が市場に出回ると、消費者はどちらを選ぶでしょうか。

 

品質が同じなら、消費者は安い方を選ぶでしょう。

 

そうなると、必ずと言っていいほど、価格競争の世界へと引きずり込まれ、市場が拡がっても利益は出ず、薄利多売の争いを強いられる羽目になりかねません。

 

大事な技術を他人に渡し、売上までも他人に献上するようでは、もはや『商売』とは言えません。

 

無償開放に対する自己責任とは、言い換えれば、常に市場でリーダシップを執り続ける覚悟があるかどうか、ということだと思います。

 

これは、市場をコントロールするということではなく、常に自らが新しさを追い求め、市場に新風を送り込むということです。

 

「仲間作り」とは、「他人任せ」や「他力本願」ではなく、自らが旗を振るということではないでしょうか。

 

そのためには、価格以外で、何か一つ消費者に分かり易いNo.1を持つことが大切だと思います。

 

品質、デザイン、サービス、修理、使い勝手、・・・

何でも構いません。 一つでもいいから、これだけは、誰にも負けない! というレッテルを消費者やお客様に貼ってもらい、お客様の目を惹きつけることが大事だと思います。

 

市場を拡大するのは、会社ではなくお客様なのです。

 

築き上げた折角の財産を無駄にしないために。

 
それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

ラグビーファンの一人として、今年のワールドカップは胸躍る思いで観ています(残念ながら決勝リーグ進出の夢は断たれてしまいましたが・・・)。

 

ラグビーのチームプレー精神を表わす言葉として、「One for all,All for one.」という言葉があります。

 

この意味は、「一人はみんなのために、みんなは一人のために」と訳されているようですが、本来は、「一人はみんなのために、みんなは勝利のために」と訳すのが正しいそうです。

 

仲間に頼るのではなく、一人ひとりが自立して勝利に向けて団結する、それがチームプレーなのだと。

 

チームプレーが必要な特許開放戦略では、「一人はみんなのために、みんなは市場のために」とでも言うべきなのでしょうか・・・。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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