━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第83号 ━━
(前号の続き)
試作は合格したものの、量産で不良が続出した原因・・・
それは、たった1つの部品にありました。
回転ローラに使用した円球(ボールベアリング)が、試作時と量産時で違っていたのです。
試作で使ったボールはA社の職人さんが手作りしたもの。
一方、量産に使ったボールはB社の機械で作ったものでした。
しかし、機械で作ったボールは真円球ではなく僅かながら歪を持っていたのです。
そのため、回転がスムーズではなく、しかも静音性が損なわれ不良品が続出したのです。
ボールを変えなければならなかった理由は、A社の生産能力でした。
月産数万個のボールを作ることができず、止む無くB社の機械製のボールを使わざるを得なかったのです。
不良改善のためにはローラのガイドレールの幅を広げるための設計変更をするしかありません。
ところが、小型化のために回転ローラ用のガイドレールと本体基板を一体成型していたため、変更するには金型を一から作り直す必要がありました。
しかし、それでは、とても発売予定に間に合いません。
結果、『生産中止』という苦渋の決断を下すことになったのです。
どんなに性能が優れていても生産が出来ないのでは、A社のボールを採用することは出来ません。
これが、匠の技(ノウハウ)の最大の弱点です。
裏を返せば、大量の生産を製造設備に頼る大企業の生産力と町工場のノウハウとは、互いに相容れない技術とも云えるのです。
では、ノウハウとは、限られた少量の製品にだけ使える技術なのでしょうか???
もし、そうであるならば、ノウハウという優れた技術を持っている町工場に規模の拡大はあり得ないということになってしまいます。
最近、『ものづくり日本』という言葉をよく耳にします。
これは、日本が持っている中小企業の優れた製造技術を海外展開する、いわゆるグローバリゼーションのスローガンとしても使われている言葉です。
しかしながら、世界でも最高品質といわれる日本の「ものづくり」は、数多くのノウハウによって支えられているのです。
限られた数しか生産できない製品を、一体どうやって海外展開すれば良いのか!?
この解が無ければ、日本で販売する分の一部を単に海外に回すだけの市場になりかねません。
世界中に日本の技術が溢れている・・・そんな夢を実現するには、ノウハウの弱点である「生産力の限界」という課題を克服する必要があるのです。
どうやって克服するか!
答えは、「発想の転換」にあるのではないかと思います。
これまで、ノウハウは他人に知られないようにしておくものと考えられていました。
しかし、前号でも書きましたが、知られて困るのはノウハウではなく営業秘密です。
仮に知られても他人が真似できないノウハウ(匠の技)であるならば、何も隠す必要はありません。
『ノウハウ=秘密』という概念を捨てて、真似できるものなら真似て見ろ! くらいの自信を持って世界と勝負してはどうでしょう。
では、生産力をカバーする勝負の仕方とは、如何なるものか。
それは、特許とノウハウを融合させること・・・。
詳しくは次号にてご提案したいと思います。
それでは、また。
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★ 編集後記
特許とノウハウの違い。 例えれば、握り寿司。
同じ重さの握りを何個でも作れるのが機械(特許)で、同じ数の米粒で握るのが寿司職人の技(ノウハウ)、そう云えるのではないでしょうか。
「人工知能」は特許化できますが、「知能」はできません。
どんなに頑張っても、特許はノウハウに追いつけないのです。(合掌)