知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

『下町ロケット』の教訓(2) 「ノウハウ」という武器の使い方:第83号

2016年1月25日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第83号 ━━

 

(前号の続き)

 

試作は合格したものの、量産で不良が続出した原因・・・

それは、たった1つの部品にありました。

 

回転ローラに使用した円球(ボールベアリング)が、試作時と量産時で違っていたのです。

 

試作で使ったボールはA社の職人さんが手作りしたもの。

一方、量産に使ったボールはB社の機械で作ったものでした。

 

しかし、機械で作ったボールは真円球ではなく僅かながら歪を持っていたのです。

 

そのため、回転がスムーズではなく、しかも静音性が損なわれ不良品が続出したのです。

 

ボールを変えなければならなかった理由は、A社の生産能力でした。

 

月産数万個のボールを作ることができず、止む無くB社の機械製のボールを使わざるを得なかったのです。

 

不良改善のためにはローラのガイドレールの幅を広げるための設計変更をするしかありません。

 

ところが、小型化のために回転ローラ用のガイドレールと本体基板を一体成型していたため、変更するには金型を一から作り直す必要がありました。

 

しかし、それでは、とても発売予定に間に合いません。

結果、『生産中止』という苦渋の決断を下すことになったのです。

 

どんなに性能が優れていても生産が出来ないのでは、A社のボールを採用することは出来ません。

 

これが、匠の技(ノウハウ)の最大の弱点です。

 

裏を返せば、大量の生産を製造設備に頼る大企業の生産力と町工場のノウハウとは、互いに相容れない技術とも云えるのです。

 

では、ノウハウとは、限られた少量の製品にだけ使える技術なのでしょうか???

 

もし、そうであるならば、ノウハウという優れた技術を持っている町工場に規模の拡大はあり得ないということになってしまいます。

 

最近、『ものづくり日本』という言葉をよく耳にします。

 

これは、日本が持っている中小企業の優れた製造技術を海外展開する、いわゆるグローバリゼーションのスローガンとしても使われている言葉です。

 

しかしながら、世界でも最高品質といわれる日本の「ものづくり」は、数多くのノウハウによって支えられているのです。

 

限られた数しか生産できない製品を、一体どうやって海外展開すれば良いのか!?

 

この解が無ければ、日本で販売する分の一部を単に海外に回すだけの市場になりかねません。

 

世界中に日本の技術が溢れている・・・そんな夢を実現するには、ノウハウの弱点である「生産力の限界」という課題を克服する必要があるのです。

 

どうやって克服するか!

 

答えは、「発想の転換」にあるのではないかと思います。

 

これまで、ノウハウは他人に知られないようにしておくものと考えられていました。

 

しかし、前号でも書きましたが、知られて困るのはノウハウではなく営業秘密です。

 

仮に知られても他人が真似できないノウハウ(匠の技)であるならば、何も隠す必要はありません。

 

『ノウハウ=秘密』という概念を捨てて、真似できるものなら真似て見ろ! くらいの自信を持って世界と勝負してはどうでしょう。

 

では、生産力をカバーする勝負の仕方とは、如何なるものか。

 

それは、特許とノウハウを融合させること・・・。

 

詳しくは次号にてご提案したいと思います。

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

特許とノウハウの違い。 例えれば、握り寿司。

 

同じ重さの握りを何個でも作れるのが機械(特許)で、同じ数の米粒で握るのが寿司職人の技(ノウハウ)、そう云えるのではないでしょうか。

 

「人工知能」は特許化できますが、「知能」はできません。

 

どんなに頑張っても、特許はノウハウに追いつけないのです。(合掌)

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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