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1) 島野vs.アップル ポゴピン特許訴訟の判決を読んで - 島野は、何故敗訴したのか! -:第86号

2016年4月6日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第86号 ━━

 

先日、アップルを相手取って特許侵害訴訟を起こした島野製作所に対して、東京地裁は請求棄却(敗訴)の判決を下しました。

 

今回は、この判決文を読んだ感想を書いてみたいと思います。

 

公開された判決文を読んで最初に感じたのは、この特許侵害訴訟は島野製作所の勇み足ではなかったか、ということです。

 

その理由は、判決文を読む限り、島野側の主張は禁反言(ファイル・ラッパー・エストッペル)の原則を無視した無謀な理屈と云わざるを得ないからです。

 

この訴訟で最大の争点となったのは、簡単に言えば、特許要件の一つである「押付部材」の形状だと云えます。

 

「押付部材」とは、コイルばねと接触ピンとの間に介在し、コイルばねの押圧力でピンを押し付ける部材のことです。

 

この部材の形状が「球(ボール)」か否かという点に焦点が当てられています。

 

アップルのポゴピンは、この押付部材に「球」ではなく「コマ(マッシュルーム型)」を採用しているとのこと。

 

興味のある方は、下記判決文をご参照ください。

判決文:平成26(ワ)20422 特許権侵害差止等請求事件

 

判決で注目したのは、特許が成立までの過程です。

 

島野は、特許庁審査官の拒絶理由に対して、発明の部材の形状が「球(ボール)」であることを認めるような補正をしています。

 

にもかかわらず、訴訟では「球」以外の形状であっても特許の権利範囲に含まれると主張をしているところが、エストッペル(禁反言)違反と云えます。

 

禁反言とは、自らが自白した内容と異なる主張をしてはならないという、裁判の鉄則のようなものです。

 

島野側の痛恨のミスは、裁判ではなく特許成立の過程にあった、そしてこのミスをカバーできない程、禁反言の壁は厚かったということです。

 

島野は、この判決を不服として控訴するようですが、同じ理屈では敗色濃厚でしょう。

 

ただ、筆者には島野はこの禁反言のミスよりもっと大きなミスを犯していると思えてなりません。

 

それは、訴訟戦略のミスです。

 

前に述べたように、島野は特許侵害訴訟だけではなく、独占禁止法違反でも訴訟を起こしています。

 

島野のHPによれば、平成26年8月1日に独禁法違反で提訴、そして同年8月6日に特許侵害で提訴、とあります。

 

立て続けに2つの訴訟を起こすほど、島野の怒りが大きかったことは容易に想像できます。

 

しかし、怒りに任せた訴訟において大事な事は「冷静さ」です。

 

島野側の主張を見る限り、独禁法訴訟ではかなり有利に戦えると思われます。

 

一方、特許侵害訴訟は、前述の通り、禁反言のリスクがあることを重々承知していたはずです。

 

有利な戦いと不利な戦いを同時に挑むのは、訴訟戦略上得策とは云い難く、これでは主導権を持って和解交渉に臨むことも出来なくなるでしょう。

 

被害の大きさを算定する損害賠償請求額を比較して見ても、独禁訴訟では約100億円、これに対して特許訴訟ではその1/10以下となっています。

 

自分に不利な特許訴訟までも同時に起こす必要は、何もなかったはずなのに・・・。

 

恐らく、特許侵害訴訟の狙いは、損害賠償ではなく差止め請求によってアップルに圧力をかけることだったと推定出来ます。

 

しかし、これが勇み足だったと云えるのではないでしょうか。

 

訴訟で最も大切な事は、決してテクニックではなく、冷静さを失わない判断力だと改めて感じました。

 

次回は、「私ならこうしたい」をお伝えしたいと思います。

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

サムソン(三星)が、サッカーの神様ペレのそっくりさんを使った広告を出した所、

 

本物のペレ氏から肖像権侵害を理由に3000万ドルの損害賠償を求めて訴えられたとか。

 

そっくりさんにも肖像権があるのに、有名人に似て生まれた悲劇なのでしょうか・・・。

 

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知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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