━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第87号 ━━
アップルを相手に喧嘩を仕掛けたポゴピンメーカの島野製作所。
独占禁止法違反と特許侵害を理由に、ほぼ同時期に二つの訴訟を起こしました。
戦いの場所は、いずれも日本です。
独禁法訴訟は、裁判の管轄区(日本か米国か)の問題で揉めましたが、島野側の主張が通って日本で争うことになったようです。
一方、特許侵害訴訟は、アップルの非侵害が認められて島野側は第一審敗訴となりました。
これら一連の訴訟に関する報道の中で、島野製作所の言い分を聞いている限り、島野が訴訟を起こした背景には、驚くべきアップルの横暴があったようです。
島野は、訴訟を起こす9年前から継続してアップルのノートパソコン用にポゴピンを供給していました。
ところが、突然そのピンの発注量を減らすとの連絡を受けたのです。
それも、島野がピンの増産計画に移った矢先のことだったそうです。
アップルは、島野への発注を減らし、新たに台湾のメーカから調達するという二社購買方式に転じたのでした。
二社購買は不測の事態に備えた調達方式としては常套手段であり、それだけを見る限りアップルが一方的に悪いとは断言できません。
ところが問題なのは、アップルが新たに発注をかけた台湾のメーカが、実は島野の下請け企業だったのです。
島野は、当然その台湾メーカにピンの構造や製造方法について事細かに指導したことでしょう。設計図面や作り方のノウハウも伝授したはずです。
精魂込めて育て上げた下請け会社に、結果として仕事を奪われてしまった島野の気持ちは、察するに余りあるものがあります。
下請け契約(業務委託契約)に落ち度はなかったのでしょうか?
大変気になる所ですが、ここでは、今回の訴訟に焦点を当ててみたいと思います。
島野が起こした2つの訴訟のキーマンは誰か!
それは、云わずと知れた島野の下請けだった台湾のメーカに他なりません。
この台湾メーカが、どのような経緯でアップルにピンを供給するようになったのか、そして、アップルに供給したピンの製造に果たして島野の技術が使われていたかどうか、
この事実を解明することが、訴訟解決の早道なのではないでしょうか。
しかし、今となっては、島野と台湾メーカの関係は、恐らく良好ではないはずです。
むしろ、台湾メーカはアップルと緊密な関係にあると云った方がいいのかも知れません。
このような状況で、島野が台湾メーカから事実を引き出すのは極めて困難なことだと思われます。
従って、原告立証主義の日本を争いの場とするのは、島野にとって非常に不利だと云えます。
むしろ、アップルの本拠地である米国で訴訟を起こして、ディスカバリ制度を利用し、アップルと台湾メーカに対してどんどん証拠開示要求を突き付けた方が得策と云えるのではないでしょうか。
それによって、台湾メーカから島野の技術が使われているという証拠が引き出せれば、島野は断然有利に戦うことができるはずです。
独禁訴訟は勿論のこと、特許侵害訴訟においても、島野の下請けだった台湾メーカが、アップルに納めるピンの製造に当たって、島野から教示を受けた情報やノウハウが実際に用いられていたとの確証が得られれば、恐らく戦い方も違ってくることでしょう。
まさに、アップルに納めているピンの製造に携わった技術者こそがこの訴訟のキーマンであり、その中に島野から技術指導を受けた者が介在していたかどうかが、勝負の決め手となるはずです。
海外で戦うのは不利だと頭から決めつけるのではなく、場合によっては海外の方が戦い易いということもあり得るのです。
海外で商売をしていく以上、相手の地の利を活かす作戦に打って出る度胸も必要だと思います。
それでは、また。
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★ 編集後記
ディスカバリには多くの「時間と費用と労力」を要すると云われますが、新たな資料を作る必要はなく、要求されたものを提出するだけなのです。
その秘訣は、相手には不利な情報を与え、相手からは有利な情報を導き出すこと。
ただし、嘘や偽りは許されませんから、事実と真実とを基にして行う知的ゲームの知恵比べだと思えば、作業も楽しくなります。
訴訟で最も敬遠すべきことは、相手より先に「恐れ」を抱くことです。
ディスカバリも、端から敬遠する必要はないのです。
『案ずるより産むが易し』・・・故人の名言です。
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