━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第88号 ━━
少し前の話になりますが、
スイスの高級ブランド時計(商標:フランク ミュラー)と日本のパロディ時計(商標:フランク三浦)が、登録商標の有効性を巡って知財高裁で争っていた事件の判決が確定しました。
事件の概要は、次の通りです。
日本のパロディ時計販売会社が、「フランク三浦」の名称で出願した商標が登録されました(2012年)。
これに対して、老舗の高級ブランド時計会社は、自分が持っている商標(フランク ミュラー)に類似していることを理由に、登録無効の審判を請求しました(2014年)。
これを受けて、特許庁は、高級ブランド会社側の意見を是認して一旦登録された「フランク三浦」の商標を取り消したのです(2015年)。
しかし、この取消しに納得がいかないパロディ時計会社は、取消しは不当だとして、知財高裁に訴えました(2015年)。
結果、この事件を担当した裁判官は、「フランク三浦」と「フランク ミュラー」に類似性はなく、かつ、1本100万円もする高級時計と1本4000~5000円の時計とを消費者が混同誤認することもない、として「フランク三浦」の商標を認める逆転の判決を下したのでした。
この判決については、メディア各紙が取り上げ、多くの専門家がネットでも公評しています。
なお、フランク ミュラー側は、この高裁の判決を不服として最高裁へ上告したようです。
一見すればパロディだと分かる時計の名前に対して、何故、そこまでムキにならなければならないのでしょうか?
むしろ、笑い飛ばして放置しておいた方が、自分の宣伝にもなるはずなのに、是が非でも商標の取消しに固執する高級ブランド会社の狙いとは、一体何なのか!
これを探るべく、フランク ミュラーのHPを覗いてみました。
そこには、フランク・ミュラー氏の時間の哲学とも云うべき、凄まじいまでの「時への情熱」が紹介されていました。
彼が産み出した歴代の時計の数々は、デザインから組立、そして装飾に至るまで、全てが斬新で独創的なアイデアと技術の結集といえます。
また、拘り抜いた複雑な機構のムーブメントに関する特許も数多く取得しています。
まさに、天才時計技師と呼ぶに相応しい感性と閃きの持ち主といっても過言ではないでしょう。
しかし、そんな天才が、機能・性能共に雲泥の差がある一介のパロディ時計の名前に何故ムキになるのでしょうか。
漫画界の天才、手塚治虫は、無断で出版された粗悪な中国の物真似漫画を見て、これでは余りにも読者が可哀想だと云って、訴えるどころか、自らペンを持って書き直したという話が、先日の「クイズやさしいね」で紹介されていました。
これって、国民性の違いなのでしょうか? 否、どうもそれだけではなさそうな気がします。
今回の「フランク三浦」商標事件で、波風を立てているのは、ミュラー氏本人ではなく、FMTMディストリビューションリミテッドという商標管理会社なのです。
この会社が、自身の功績にするため、ミュラー氏の意思とは関係なく事を起こしたのではないか・・・
フランク・ミュラーの名誉を守るという大義名分のもと、実際は会社の実績と利益を上げることが目的だったのではないかと邪推して見たくなります。
もしも、本当に「フランク三浦」のパロディ時計が商売上邪魔なのであれば、商標取消しではなく、商標侵害(不正競争防止)で訴えるのが普通だと思います。
しかし、商標侵害で訴えるには金と時間と準備がかかるので、手っ取り早く商標取消しという手を使ったのではないかと勘ぐりたくなる事件です。
因みに、商標管理会社のターゲットになった「フランク三浦」時計には、「完全非防水」とか、「高さ2㎝以上からの落下は保証対象外」といったパロディ的要素が満載されています。
ただ、パロディ商品を作るのなら、本物に対する尊敬の念をどこかで、何らかの形で伝えて欲しい気がします。
それでは、また。
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★ 編集後記
フランク ミュラーの時計でお気に入りは、「クレージー アワーズ」(高価すぎて手に入れることはできませんが・・・)。
普通、時計の文字盤は数字の「12」を頂点にして「1~11」までの数字が右回りに順序良く並んでいますが、この時計の文字盤の数字は、「8」を頂点に、1、6、11、4、9・・・という風にランダムに並べられていて、時刻に併せて時針が文字盤の上を飛び回るような作りになっています。まさに、時空を超えた超クレージーな時計です。
この類稀なる大胆な発想には、心底脱帽です(参った)。