━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第93号 ━━
「シャインマスカット」や「とちおとめ」、「紅秀峰(黄桃)」に「雪手亡(いんげん豆)」、「ヒルバロス(カーネーション)」等々。
これらは、皆さんが良くご存じの日本を代表する銘品の数々です。しかし、そのどれもが海外の企業によって勝手に増殖され、世界中の市場が荒らされているのです。
まさに、日本ブランドが、崩壊の危機に瀕していると言っても過言ではありません。
我が国では、今、これらのブランドを死守するために、国を挙げて法改正に取り組んでいます。
『種苗法』・・・これが、その改正の対象となる法律です。
改正の要点は、次の2つです。
1つ目は、新たな品種を開発した人が、その品種の輸出先や栽培地を指定できるようにしたことです。もし、他人が指定された国以外にその品種の苗や種を勝手に持ち出すと刑事罰に問われたり、損害賠償の対象になります。不正な輸出を排除することが目的の法改正です。
2つ目は、その品種で栽培した収穫物の苗や種を使って、次の栽培を行う(所謂、自家栽培)際は、品種の開発者の許可を得なければならなくなったことです。ただし、許可を貰う必要があるのは、国に登録された品種だけに限られるというものです。開発者に無断で増殖させる行為を排除するのが狙いです。
この2つ目の改正については、賛成派、反対派、それぞれの言い分が諸説あるようです。そう言えば、女優の柴咲コウさんもSNSでバズっていたようですが・・・。
ただ、そうは言っても、苦労して開発した貴重な日本ブランドの品々を勝手に海外に持ち出されて、何の断りもなく金儲けの道具として使われるのは絶対に避けたいという認識だけは共通のようです。
確かに、苗や種は同じでも、環境や栽培法が変われば全く同じ物が出来るという保証はどこにもありません。ややもすれば、世界中が粗悪品で満ち溢れることにもなりかねません。
かつて、日本企業が高品質の半導体集積回路を開発しても、すぐに外国勢がリバースエンジニアリングで模造品を製造販売して苦しめられましたが、ノウハウを知らずに模倣しても同じ品質のものは出来ず、粗悪品で市場が汚されたことを思い出します。
賛成派も反対派も、この点だけは見失うことなく議論してもらいたいものです。
そんな中で、私が言いたいのは、議論に議論を重ねてどんなに素晴らしい法律を作ったとしても、新品種を開発した当の本人が、その法律を使おうという意識がなければ、絵に描いた餅と同じだということです。
そして、この意識とは、『権利』に対する意識のことです。新たな品種を開発した人に与えられるのは、『育成者権』という権利です。
しかし、この育成者権は、特許権と同じで、開発者(発明者)が自ら申請しなければ貰えない権利なのです。自分が、真の開発者だといくら思っていても、名乗らない限り誰も認めてくれません。
主張しなければ、認めて貰えない。それが、『権利』なのです!!
しかしながら、権利意識が低い日本人は、権利よりも技術を重視する傾向が強いのです。
筆者も、海外勢と切った張ったのビジネス交渉をしていた現役時代の頃、自分を含め、日本人や日本企業の権利意識の低さを痛感しました。
米国人が考えたアイデアを日本人が実用化する。「アイデアは米国、品質は日本」・・・世界中が、そんな目で見ていました。
「技術なき権利」より「権利なき技術」で戦いを挑んだのが当時の日本企業でした。「確かな技術は、権利を凌駕する」・・・日本人はそう考えていました。しかし、結果は日本企業の惨敗だったのです。どんなに優秀な技術であっても権利の前では無力でした。それが、法社会であり契約社会なのです。
今、農業界では、世界に誇れる日本ブランドの品種が次々と産み出され、私たちの生活や食文化を豊かに彩ってくれています。そして、それを守るための法制度も整備されて来ています。
この良き環境を守り続けるか否かは、他の誰でもない育成者本人の意識次第なのです!!
苦労して開発した品種を、法律の壁でしっかりと保護しつつ、更に、新たな品種の開発にチャレンジされることを切に望むばかりです。
それでは、また。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
★ 編集後記
シャインマスカットは、値段が高いだけあって本当に美味です。
「高い物が美味しい」とは限りませんが、「美味しい物が高い」のは当然と言えるでしょう。
そして、その値段の中には、私たちが安心して食し、愛でるための費用が含まれていることを忘れてはなりません。
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━