知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

知財統治(IPガバナンス)とは! - 知財もコーポレートガバナンスコードの仲間入り -:第94号

2022年2月1日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第94号 ━━

 

コロナ禍で自粛モードを余儀なくされた去年の6月、上場企業が守るべき企業統治の行動規範(コーポレートガバナンス・コード)が改訂されました。

 

これは、金融庁と東京証券取引所が共同で策定したもので、特筆すべきは上場企業が、「知的財産」に関する非財務情報を公開するよう義務化した制度です。

 

これにより、今まで会社の中だけでクローズされていた知財戦略や知財の活用状況等が、社外に開示されることになります。

 

投資家にすれば、門外不出の知財情報を容易に閲覧することが出来るようになるので、まさに持って来いの制度改訂といえます。

 

しかしながら、企業側からすれば、これまで隠し砦だった秘密情報を暴露しなければならなくなったので、知財に自信のある企業ならまだしも、知財に関心がなかった企業や、知財に不慣れな企業にとっては、相当な重圧となることは否めません。

 

知財情報は、企業の技術力や将来の成長戦略等を把握するのに有用な情報で、機関投資家のみならず個人投資家にとっても、投資先や投資額を決定する上で格好の材料となるため、どのような知財情報をどのような形(見せ方)で開示するかが重要なポイントになります。

 

従って、知財情報を変に盛ったり飾ったりすることなく、会社の真の実力を如何に上手に見せるかが今後の重要な経営課題となることでしょう。

 

特に、特許の出願件数や登録件数といった目に見える数字だけではなく、知財と事業の関係や知財の活動状況など、目に見えない情報をどうやって可視化するかが経営者に強く求められることになるでしょう。

 

そのためには、経営トップが、知財に対しての方針やビジョンを明文化して社内で徹底しておくこと、そして、事業に関わる知財情報を社内で共有しておくことが大切なのです。

 

昔の話になりますが、私は現役時代に半導体事業とパソコン事業を経験しました。

 

半導体事業在籍時は、米国、韓国、台湾を主勢力とする海外勢との特許戦争の真っ只中で日夜戦っていたので、紛争経過を日々のレポートで発信して事業トップから現場の作業者まで情報の共有を図っていました。

 

そうしなければ、トップからの方針指示や現場の状況をタイムリーに入手することが出来なかったし、また、そうすることによって社内の風通しも良くなり、必要な情報を全員で共有することが出来ました。

 

その結果、社員の知財意識も高く、全社一丸となって戦うことが出来ました。

 

当時、私は、これが普通の知財活動だと思っていました。黙っていても新規発明はどんどん提案されて来るし、トップからの指示も時を待つことなく的確に入って来ました。

 

ところが、半導体事業からパソコン事業へ異動して驚きました。

パソコンと半導体では、企業文化も知財に対する考え方も全く違っていたからです。

 

パソコン事業では、搭載する部品やソフトウェアは、殆どが社外購入品だったのです。従って、これらの部品やソフトウェアに関する特許問題は、全て購入先の会社に責任を負わせるのが慣習となっていました。

 

少し過激な表現を用いるならば、パソコン事業の企業文化は、『特許は他人任せ』だったのです。

 

その結果、経営トップから現場の作業者に至るまで、特許係争は対岸の火事を決め込んでおり、知財に対する意識が物凄く低かったのです。当然、特許の提案件数も極めて低調でした。

 

異動当初は、自分の周りに特許の話が通じる人は誰もいませんでした。

 

そこで、何とかして特許に目を向けさせたいと考え、パソコン事業の立ち上げ時に買収した海外企業が持っていた数百件の特許に目を付け、一件ずつチェックして見ました。

 

すると、その特許の中に、ノート型パソコンの機能に必須の省電力化特許があるのを発見しました。

 

早速、その特許を使って、当時韓国で威勢を放っていた三宝コンピュータを特許権侵害で攻め、数億円のロイヤルティを徴収することに成功しました。

 

そして、これを契機にパソコン事業の面々の、特許に対する顔つきが変わりました。

 

「特許って、金になるんだ。」・・・その意識が、経営層にも芽生え、経営戦略会議では定期的に知財戦略を議論するようになりました。

 

トップの意識が変わると、管理職を初め担当者に至るまで社員の意識にも変化が生じました。

 

知財戦略が広く知れ渡ったこともあり、発明提案件数も大幅にアップしました。営業部隊からの特許相談件数も日に日に増加し、他人任せの体質から自己解決、自己防衛の体質へと変わりました。

 

経営層の熱い思い入れによって知財戦略の内容も充実し、社内でも評価されるようになり、一年足らずのうちに知的経営ビジョンとして社外に対しても堂々と発表できるまでに至りました。

 

知財熱の低い会社や知財に不慣れな会社において、いくらIPガバナンスの重要性を叫んでみても馬耳東風の憂き目をみるだけです。

 

まずは、社内の、そして、社員の意識を変えることが大事です。そのために、何か一つでもいいから、知財に関するアクションなりイベントなりを実行して、社内を驚かせては如何でしょうか。

 

「注目を集めてから事を起こす」、これこそ、IPガバナンスを軌道に乗せる近道だと思います。

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

IPガバナンスに必要な知財の価値評価サービスを開始しました。

 

出願した特許の現在価値を評価することで、今後の活用戦略の参考になります。また、戦略的に出願した特許網の完成度をチェックして不足箇所や見落とし箇所を見つけ出すのに有効です。

 

知財活動の評価も出来ますので、知財部のプレゼンスを高めるのに役立つはずです。

 

井の中の蛙にならないように、第三者の目で客観的に自分を見つめ直してみるのも悪くないと思います。

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知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。