知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

特許の価値とは - Entire market value rule -:第97号

2022年3月14日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第97号 ━━

 

「Entire market value rule」とは、特許の対象が製品の一部である場合でも、製品全体の売上をベースにして実施料(ロイヤルティ)を算定する方式のことです。

 

分かりやすく言えば、「部品特許」の実施料を、部品の価格ではなく、その部品を搭載している装置やシステムの価格から徴収するというものです。

 

実際に、発光ダイオードのLED部品の特許で、そのLEDを搭載している液晶テレビが特許侵害で訴えられ、テレビメーカが多額の損害賠償を請求されました。

 

この事件では、当初、東京地裁は、特許侵害の対象はLED部品自体であるとして、約1795万円の損害賠償を命じました。

 

ところが、特許権者(原告)は、損害賠償の対象はLED部品ではなく、テレビ本体だと主張して知財高裁に控訴しました。

 

その結果、高裁は原告の主張通りテレビの販売価格を基に、1億3200万円の

損害賠償請求を認めたのです。

 

何故、このような結果になったのでしょうか!

 

それは、特許の価値をどう判断するかによって決まるからです。

 

「Entire market value rule」とは、例えば、部品特許の価値を部品に求めるのではなく市場に求めます。即ち、特許技術を採用した部品によって、その部品を搭載した製品の価値がどう変わったかを市場の変化から判断する市場価値ルールです。

 

換言すれば、特許技術部品を搭載する前と後では、市場がどう変化したのかを、その製品の売り上げの変化を見て、特許の価値を判断するルールだとも言えます。

 

最近では、インターネットの普及で様々なモノがIoTという技術で繋がるようになりました。

 

車もインターネットに繋ぐことで、今まで出来なかった色々なことが出来るようになりました。

 

こうなると、通信技術の特許を侵害されたとして、車を訴えることができるようになります。

 

事実、昨年12月の日本経済新聞に、「つながる車で特許紛争」という見出しで、通信特許を使って米国の企業がトヨタやホンダの車を標的にして米国で訴訟を起こしたとの記事を目にしました。

 

確かに、ある部品を採用したお陰で、製品の性能が一段と高まり、売り上げが著しく向上したとなると、それは、部品のお陰で利益を得たことになります。

 

従って、その部品特許の価値は、製品売上に大きく貢献したと言っても過言ではありません。

 

しかし、ここで問題なのは、製品の売上アップが部品特許によるものであると言うことをどうやって証明するかです。

 

Entire market value ruleを訴訟で使うためには、製品の売上向上が、まさに部品によるものであることを証明する必要があります。

 

そこで、今回は、どうすればその証明を容易に出来るかについて考えてみたいと思います。

 

通常、部品メーカが特許を出す場合、権利の対象は、兎角部品に向けられがちです。

 

その理由は、自社の事業を保護することと、他社から真似されないようにするためで、自社防衛と競合対策を意識した結果です。

 

しかし、何のために部品を作っているのでしょうか?

そう、お客さんに使ってもらうためです!

 

多くの企業に欠けているのは、この顧客視点での特許戦略です。

 

売って稼ぐのではなく、使ってもらって(買ってもらって)稼ぐ、という意識が大事だと思います。

 

そうすれば、顧客が自分の部品に何を求めているのか、自分の部品を採用することで何が良くなるのか等、顧客の利益向上に繋がるアイデアが出てくるはずです。

 

このことを、しっかり特許明細書に書いておくことで、顧客のビジネス向上に自分の特許がどのように貢献しているのかが理解しやすくなります。

 

部品の欠点や部品の性能向上しか記載されていない明細書よりも、装置やシステムに対するその部品の貢献度までもがしっかり明記されている明細書の方が、裁判所も市場価値を評価し易くなります。

 

結果、損害賠償の対象が部品ではなく、顧客の装置やシステムであるとの判定を貰い易くなることでしょう。

 

以上、特許出願人(原告)の立場から特許の価値について考えてみましたが、逆に、特許侵害訴訟を受けた方(被告)の立場から、どうやったら損害を最小化できるかについても考えてみたいと思います。

 

当然のことながら、被告としては、原告のEntire market value ruleの主張に対して、売り上げが伸びたのは特許だけのせいではないことを立証しなくてはなりません。

 

そのためには、売上が落ち込んだ時の市場分析だけでなく、売上が上がった時の市場分析を忘れてはいけません。

 

営業部員の増強や宣伝活動、製造原価の低減活動等、部品の採用以外でのあらゆる企業努力を分析して売上向上の原因を記録に残しておく必要があります。

 

これは、流行りのパテントトロール(特許ゴロ)対策にも有効なので、ぜひ実行して見て下さい。

 

さて、今回は、特許権者(原告)から見て、特許の価値を出来るだけ高く評価する方法と、被告の立場から損害を出来るだけ最小化する方法の二律背反について私見を述べさせて頂きました。

 

特許の価値を判定するに当たって、部品特許は部品で見るという過小評価と装置やシステムにまで及ぶという過大評価のどちらも夫々に問題があると思われます。

 

両者を足して2で割った値が、適正な着地点なのかも知れません。(笑)

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

社長はカスタマイン(顧客志向)と声高に叫んでいるのに、社員は相変わらずのプロダクトアウト(製品志向)。

 

出て来る発明も、全て自分目線のアイデアばかり。

 

そこで、発明提案書に「顧客のメリット」の欄を設けて強制的に書かせるようにしたら、なんと、自社製品の利用発明や応用発明といった顧客保護のアイデアが増えたのには驚きました。

 

お試しあれ!!

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知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。