知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

訴訟の標的にされる韓国企業 - ひと昔前の日本企業との違いは? -:第98号

2022年4月1日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第98号 ━━

 

韓国の日刊新聞(中央日報)の報道によれば、2017年以降、韓国の企業(20社)が米国で特許訴訟を受けた件数は、707件とのこと。

 

中でも、サムソン電子が受けた訴訟は413件で、全体の約6割を占めているそうだ。なんと、年間凡そ100件もの訴訟に巻き込まれている計算になります。

 

これは、30年前の日本企業が米国から叩かれていた状況と酷似しています。

 

ただ、日本企業が訴訟に巻き込まれていたケースと大きく違うのは、訴訟の相手です。

 

韓国企業の場合、訴訟相手は、特許資産管理会社(NPE)が75%、海外メーカが25%で、日本企業の場合と真逆になっています。

 

NPEとは、非製造業者(物を生産しない会社)で、所謂、パテントトロールと呼ばれる法人です。

 

彼らは、物を生産していないため、こちらがどんなに立派な特許を持っていても何の武器にもならないのです。

 

NPEの目的は只一つ、訴訟で脅して大金を巻き上げること。したがって、訴訟を受けた方は防戦一方の戦いを強いられることになります。

 

これは、訴訟を受けた企業にとっては、極めて不利な戦いと言えます。

 

事実、韓国企業が受けた先の707件の特許訴訟で、相手が訴訟を取り下げたのが406件(約60%)で、裁判所が訴訟の却下もしくは棄却を決めたのは、113件(16%)でした。

 

サムソン電子の場合、413件の訴訟のうち、NPEから提訴されたのが315件(76%)、メーカからは98件(24%)となっており、NPEから受けた訴訟の方が圧倒的に多いようです。

 

その内容を見てみると、相手が訴訟を取り下げたのが245件で、法廷で決着したのが16件となっています。

 

法廷決着16件の内訳は、サムソン電子が敗訴したのが13件で、勝訴したのは僅かに3件のみでした。

 

なお、相手が訴訟を取り下げたケースというのは、相手が自ら取り下げたのではなく、その大半はサムソン電子が多額の和解金を支払うことで訴訟を取り下げてもらったケース(和解交渉の結果)だと推測されます。

 

して見ると、サムソンの法廷勝率は、1%にも満たないことになります。

 

全世界で21万件超の特許を保有しているサムソン電子ですが、NPEに対しては全く歯が立たず、苦戦の連続だったようです。

 

さらに、興味深いのは、サムソン製スマホ(ギャラクシー)に搭載されている無線イヤホンと音声認識技術の特許侵害でサムソンを米国で提訴した訴訟の相手は、かつてサムソン電子の特許部門の総括を長年務めた知財担当役員が、定年退職後に設立してNPEだったというニュースです。

 

会社の特許戦略を知り尽くした人物が、古巣を相手取って訴訟を仕掛けてきた訳ですから、サムソンも堪ったものではないでしょう。

 

筆者は、以前にもこのブログで経験則から学んだNPEに対する教訓を掲載しました。

 

しかし、その当時は特許訴訟といえば競合企業との争いがメジャーで、NPEはマイナーな時代だと認識していました。

 

ところが、昨今は、逆転現象により、NPEからの訴訟がメジャーになっています。こうなると、社内の特許戦略も従来とは違った作戦で臨まなければなりません。

 

特に注意しなければならないのが、『特許調査戦略』です。これまでのライバルメーカ主体の特許調査から、相手が見えないグローバルな世界(w/w)ベースの調査にシフトする必要があります。

 

ネット等を騒がしているNPEがどんな特許で誰を攻めているのかを注視するのも一つの手ではありますが、危ないと思った時には時すでに遅しで、対応が後手後手に回ってしまう危険性があります。

 

かと言って、自分たちが必要とする技術を一つずつチェックするのは、膨大な時間とコストがかかってしまいます。

 

ここは、火の無い所に煙は立たずで、NPEの目線で調査するのが得策といえます。

 

火を焚いているのは自分なのですから、今どんな火を焚いているかを確認しながら相手に分かってしまいそうな火(技術)を事前調査するのがお薦めです。

 

特に注意すべきは、自社製品を宣伝・販促する時です。

 

競合他社と差別化するために、自社の優れた機能や性能、あるいは、他社にない特徴や魅力を訴求しなければなりません。

 

これがNPEの目に留まってしまいます。彼らは、企業が営業目的で社外発表した内容を常にチェックしています。

 

そして、それが、自分たちが管理している特許に少しでも関連性があると分かった時に、訴訟の餌食にするのです。

 

従って、特許調査では、広報資料や販促資料、カタログ等に掲載している情報を絶えずチェックして、相手に見つかりそうな技術に網を掛けて調査することが大事なのです。

 

製品の中に隠れて見えない技術より、表に現れてしまう技術を中心に調査すべきです。

 

そして、危なそうな特許が見つかったならば、その時点で細かくチェックして、

出願人や権利者が今どのような状態にあるかを確認します。

 

もし、その会社が危機的状況にあるならば、いつ何時、特許がNPEに売却されたり、あるいは、NPEと共同で特許を武器に難癖をつけてくるかも知れません。

 

会社が危機に瀕した時は、捨て身で攻撃してくるので、対応が非常に厄介です。

 

従って、如何に事前準備を整えておくかがキーになります。

 

自社製品の特許網を構築する際、自社保護目線だけではなく、NPE目線で危なそうな特許をリストアップして、弁理士を交えた事前対策を取っておく必要があります。

 

事前の準備が出来ていれば、焦ることなく冷静に相手と対峙すること出来るでしょう。

 

現代の特許調査は、まさに、「転ばぬ先の杖」なのです。

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

古巣を訴えたサムソン電子の元知財担当役員・・・、

諸手を挙げて賛成は出来ませんが、一概に悪人とも言い切れません。

 

昨日まで同じチームの4番バッターだった人が、明日には敵のチームの4番バッターとして戦わなければならないことって良くある話です。

 

そんな時、どうやって戦いますか?

 

私は、やはり直球勝負だと思います。

変化球は禁物のような気がします。

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知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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