知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

「技術の分かち合い」って、・・・・・何? - 驚くべき韓国の国策 -:第100号

2022年5月2日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第100号 ━━

 

三星電子が、保有特許276件を中小企業に無償で移転するという記事を目にしました。

 

詳細は、三星電子がモバイル、通信、半導体、ディスプレイ等の分野で未活用の特許を一般公開し、希望する中小企業に無償でその特許権を移転するというものです。

 

これは、中小企業の技術競争力を高め、同伴成長を目指す「技術の分かち合い」と称される韓国の政策事業です。

 

実績としては、昨年までに2402件の技術(特許)が1043社に移転されたとのことです。

 

こうした技術移転は、我が国でも産学連携や中小企業支援策として展開されていますが、「無償移転」という言葉は、あまり耳にしません。

 

日本では、公的研究機関や国立大学の特許は、基本的に有償でライセンスされるのが普通のようです。

 

研究機関にしろ、大学にしろ、多額の研究費を使って開発した技術を無償で手放したのでは、何の成果も挙げられません。有償だからこそ、次の研究に着手できるのです。

 

企業においても同じことが言えます。無償で技術や特許を移転すると法人税法の問題が生じます。

 

これが、日本の常識なのだと思います。

 

従って、無償で特許を移転するという国を挙げての韓国の「技術の分かち合い」政策は、ある意味で驚異の国策と言えるのではないでしょうか。

 

ここで、全世界で数万件という特許を保有する三星電子の立場になって考えると、無償移転の対象特許は、全体のわずか1%にも満たない数で、しかも未活用の特許です。

 

何かと政治問題で騒がしい三星電子にとっては、これで国に貸しを与えるチャンスとなり、また、世間的にもブラックイメージを払拭する格好の機会とも言えます。

 

しかも、不良資産と呼んでもいいような未活用の特許を中小企業に移転することで、特許の維持費用を削減することが出来ます。

 

まさに、三星電子にとっても、国にとっても、そして、中小企業にとっても美味しい話なのです。

 

「技術の分かち合い」を、共存共栄とは言わず、同伴成長と言った韓国の政策は、特許権者の利益を度外視した「中小企業への救いの手」と言えるのではないでしょうか。 あっぱれ、天晴!

 

さて、隣国の政策は良しとして、今回は『特許移転』について考えてみたいと思います。

 

特許移転と云うと、移転する側より、移転される側のリスクの方が高そうです。

 

一般に、移転する側は、戦略的な狙いがある場合を除いて、自社の事業で不要となった特許を移転の対象にするため、自社にとってのリスクは然程大きくはありません。

 

むしろ、特許の維持に掛かる費用の削減といったメリットの方が大きいと思われます。

 

これに対して、移転を受ける側は、事業譲渡や売却のように事業に付随して付いてくる多数の特許(通称、パッケージ特許)はさておき、1件~数件の少数の特許を対象に、特許メインで移転を受ける場合には、その特許に隠れた瑕疵や欠点がないかどうかが気になる所です。

 

特許の移転を受ける時に注意しなければならないのが、特許自体に存在する隠れた瑕疵や欠点と共に、その特許が自社の事業にピッタリと合致しているかどうかの見極めが重要です。

 

以前に、こんな経験をしたことがありました。

 

技術部隊が新技術の開発に必要だということで、ある個人の特許を開発費から捻出して独自に購入しました。

 

技術部の長は、この特許があることで自信をもって新商品を開発出来ると息巻いていました。

 

ところが、登録された特許の審査経過と請求項をチェックした所、回路Aと回路Bの位置関係が、出願時は「近接配置」と記載されていたのが、審査時の拒絶理由通知に対する手続補正書で「隣接配置」に縮減されていました。

 

しかも、回路AとBは間に何も挿まず直接隣り合っているのが特徴であるとまで意見書に書かれていました。

 

一方、新商品は、回路AとBが別の細い回路Cを挟んで配置されており、登録された特許では守り切れないことが判明しました。

 

特許の権利範囲を特定するには、請求項に書かれた文言の解釈だけでなく、審査の過程で出願人が主張したことを斟酌しなければなりません。

 

結局、買い取った特許は、何の役にも立たず、しかも、近接配置を隣接配置に変更することを余儀なくされた別の先行特許(審査で引用された特許)に新商品が抵触してしまうという目も当てられない悲惨な結果になってしまったのです。

 

特許の移転を受ける場合は、その特許の審査経過と移転契約書を隅々まで細かくチェックすることが要求されます。

 

特に、そのチェックでは、

 

1)特許に瑕疵や欠点がないかどうか

2)特許の権利範囲に自社技術(製品)が完全に包含されているかどうか

3)他に注意すべき特許がないかどうか

4)いざという時、移転元の協力が得られるかどうか

5)自社事業にとって、その特許がどの程度の期間、有効に働くかどうか、等

 

移転の前に事業的観点から多面的に特許の価値を評価することが大事です。

 

特に、知財部を持たない企業が、有償で特許の移転を受ける場合には(無償の場合は尚更のこと)、その特許の価値評価を専門家に依頼する方が良いと思います。

 

後々、禍根を残すような悲惨な事態を避けるためにも!!

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

無償で特許を移転する韓国の「技術の分かち合い」は、休眠特許や埋没特許を有効に活用する政策として頷けるものがあります。

 

もし、この政策を日本でも取り入れたらどうなるでしょうか?

 

きっと、期待倒れになるのではないかと案じられます。

 

何故なら、わが国には委託元と委託先を強い信頼関係で繋ぐための橋渡しの仕組みがないからです。

 

「タダより高いものは無し!」・・・これが日本の文化ですから。

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知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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