━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第103号 ━━
キリン一番搾り糖質ゼロに、パーフェクトサントリービール、サッポロ極ゼロに、クリアアサヒ贅沢ゼロ・・・・
これらすべて、ビール業界で群雄割拠する糖質ゼロのビール達です。
ビールのテイストと健康を併せ持つ糖質ゼロビールは、今や各ビール会社がしのぎを削って市場で競争している商品です。
そんな中、キリンとサントリーが、糖質ゼロビールの分野で特許のクロスライセンス契約を結んだとの報道に接しました。
調べてみたら、両社が同時に互いのHPで特許契約締結の事実を公表していました。
キリンは「サントリーと特許契約した」と報告し、サントリーは「キリンと特許契約した」と、2022年5月16日付けで互いのHPに同時に報告しています。
契約条件はともあれ、互いの会社が相手の特許を使えるわけですから、クロスライセンス契約であることは間違いなさそうです。しかし、私にしてみれば、両社のこの公表は不可解極まりないものでした。
「会社」対「会社」の契約を、何故HPを使って公表する必要があるのでしょうか?
通常、企業間の契約は、秘密事項なので公表することはなく、互に守秘義務が課せられているのが普通のはずです。
しかも、キリンもサントリーも、ビールビジネスはBtoCなので、特許のクロスライセンス契約なんぞは、一般消費者には何の興味もないはずです。
そんなことより、美味しいビールを安く販売してくれればいいだけのこと。
それなのに、一体どうして・・・・・!?
そこで、特許の面から少し調べて見ました。
ビールの低糖質技術は、2004年にサッポロビールが特許出願していました。
その後、多少のズレはあるにしろ、ビール会社各社が低糖質に注目して夫々のやり方で新商品を開発し始めました。
技術の流れは、低糖質から糖質オフ、さらには、糖質ゼロへと向かっていきました。
糖質オフと糖質ゼロの違いは、栄養基準表示ルールによれば、前者が100ml当たりの糖質が2.5g以下をいい、後者は100ml当たり0.5g未満をいうそうです。
糖質ゼロに照準を当てて特許検索したところ、12件がヒットしました。
当然予想出来ることながら、その内訳はキリンが4件、サントリーが5件、アサヒが2件、そして、サッポロが1件でした。
最も古い出願は、アサヒの2014.12.11で、次いで、キリンが一週間遅れの2014.12.18に出願していました(両方とも登録済み)。
一方、糖質ゼロビールの市場で見れば、キリンが断トツで、サントリーがこれに割って入ろうとしているようです。
従って、ビールの販売量でも特許の出願件数でも、1位のキリンと2位のサントリーが特許のクロスライセンス契約を結んだことになります。
また、特許検索で抽出された上記12件のうち登録されたのは現在の所3件でした(キリン、アサヒ、サントリーが各1件ずつ)。
これらの中で異議申立を受けたのは、サントリーの特許だけでした。それも企業名ではなく個人名で受けた異議でした。
個人名での異議申立は、社名を明かしたくないライバル企業による異議申立であることは想像に難くありません。
異議の内容と異議決定の結果から、恐らくアサヒビールによる申立だったのではないかと推測されます。
結局、異議申立でサントリー特許を潰すことはできませんでしたが、権利範囲を縮減させることには成功したようです。
この縮減によって、アサヒビールはサントリー特許から逃げることが出来たのではないかと思われます。
何故なら、サントリーは異議申立を受けて、大豆ペプチドを含まないビールテイスト飲料に権利範囲を縮減しています。
一方、アサヒの糖質ゼロビールの成分表には、大豆ペプチド成分が含有されていました。
この例からも分かるように、一口に糖質ゼロと言っても、含有材料や成分比等、各社各様の作り方があるのではないでしょうか。
是が非でも相手の特許を潰さなければならない状況のようではなさそうです。
そうなると、冒頭に述べたキリンとサントリーの特許クロスライセンス契約には、一体どんな意味があるのでしょうか?
考えているうちに、ふと頭を過ったのが、信長亡き後の戦国時代でした。
豊臣秀吉(キリン)と徳川家康(サントリー)が手を結んで、戦国乱世の世を終わらせ天下泰平の礎を築いた逸話です。
あながち、当たらずとも遠からずではないでしょうか。
糖質ゼロビールのNo1(キリン)とNo2(サントリー)が手を組んで難攻不落の寡占壁を構築して、他を寄せ付けない戦略を両社が展開したと考えると、HPでの同時公表も納得できる面があります。
キリンもサントリーも、互いの特許を意識せずに開発が出来るようになったと評価する人もいるようですが、先に述べたように相手の特許を然程意識せずに新製品の開発が可能なビール業界では、クロスライセンスはお互いのためではなく、ライバル他社や後発参入を計画している会社を警告する意図があったと考えるのが妥当ではないでしょうか。
キリンとサントリーの協力タッグは、他のビールメーカからすれば脅威になったはずです。
糖質ゼロビールが、近い将来キリンとサントリーに牛耳られる絵図が脳裏をかすめます。
それでは、また。
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★ 編集後記
秀吉と家康が協力関係を構築できた要因の一つとして、石川数正の存在があったと歴史は物語っています。
家康の重鎮だった数正が、秀吉側に出奔したのを契機に二人の間が急接近したと伝えられています。
まさか、今の時代、キリンに石川数正がいたとは考え難いですよね(笑)。
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埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。