知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

コロナ禍でのトイレットペーパー戦争 - スコッティ vs エリエール -:第105号

2022年9月20日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第105号 ━━

 

日本製紙と大王製紙の長~い戦いが再燃しました。

 

今回は、3倍長持ちを謳ったトイレットペーパー戦争です。

 

スコッティブランドを擁する日本製紙クレシアが、従来よりも3.2倍の長さのトイレットペーパーを製造販売しているエリエールブランドを擁する大王製紙を、特許権侵害を理由に製造販売の差止めと3300万円の損害賠償を求めて東京地裁に提訴したとのことです。

 

報道によれば、日本製紙側が侵害されたと主張する特許は、紙質や表面凹凸の大きさ、それに、包装に関する3件の製法特許だそうです。

 

3倍巻きロールの特徴は、長巻きしても柔らかさを保てることで、消費者にとっては、従来と同じ質感で取り換え回数が1/3で済むのが魅力、コロナ禍での巣ごもり生活の需要を受けて今売れに売れているそうです。

 

日本製紙クレシアは、2016年に3倍巻きロールのトイレットペーパーを開発して販売を開始しました。

 

一方、大王製紙は、それから6年遅れの2022年4月に3.2倍巻きロールのトイレットペーパーの発売を開始しました。

 

現在、日本製紙クレシアでは、この3倍巻きロールがトイレットペーパー売り上げの35%を占め、同じく大王製紙では40%を占めているとのこと。

 

両社とも主力製品なだけに、この訴訟は熾烈な争いになりそうです。

 

今回の訴訟は、日本製紙が大王製紙を訴えたものですが、実は、今を遡ること10年前、日本製紙が製造販売していた保湿成分の高いティッシュペーパー「クリネックス アクアヴェール」が、大王製紙の特許を侵害しているとして訴えら、東京地裁で争われた経緯がありました。

 

この裁判は、知財高裁までもつれた結果、2016年、訴えられた方の日本製紙の勝訴という形で決着しました。

 

言わば、今回のトイレットペーパー訴訟は、日本製紙の報復裁判とも言えますが、仮に、大王製紙が、この裁判で負けると2連敗になるので、同社としても絶対に負けられない試合になることでしょう。

 

さて、どちらに軍配が上がるのでしょうか・・・・?

 

結果は、裁判所に委ねるとして、今回は少し違った視点で侵害訴訟事件を眺めて見ようと思います。

 

10年前、両社が争ったティッシュペーパー訴訟では、勝った日本製紙が、同社のHPで次のようなコメントを表明していました。

 

『これまで東京地方裁判所(一審)で約2年6ヶ月、知的財産高等裁判所(控訴審)で約1年9ヶ月にわたって審理が続けられてまいりましたが、今回の判決は、一審に続き、当社の主張が控訴審においても全面的に認められたものであり、その正当性が、知的財産事件を専門的に扱う知的財産高等裁判所でも確認されました。当社としましては、製品開発にあたっては自社の知的財産権の保護を図るとともに、他社の知的財産権を尊重し、不当に権利行使を主張する特許権者に対しては、断固たる対応をしていく所存です。(一部抜粋)』

 

一方、負けた大王製紙は、以下のようなコメントを公表していました。

 

『・・・当社は判決を不服とし、知的財産高等裁判所に控訴していました。 この度、知的財産高等裁判所は、当社の控訴を棄却するとの判決を言い渡し、遺憾ながら当社の請求は認められませんでした。今後判決内容を精査し、上級審の判断を仰ぐことも検討しています。今回の判決の結果は上記の通りですが、当社は、当該保湿成分配合ティシューの市場は、当社の革新的な技術開発によって形成・拡大されたものと自負しており、他にこの分野の特許権等を数多く取得しておりますので、今後もこれらの技術を保護することに取り組み、商品力・技術力の強化により市場の拡大を推進し業界の発展に寄与していく所存です。(一部抜粋)』

 

BtoCのビジネスでは、例え企業間の訴訟であっても、それが、一般報道された以上、事の顛末をお客様である一般消費者に公表する責務があることは否めません。

 

しかし、上記した両社のコメントを、一般消費者はどう受け止めているのでしょうか?

 

訴訟の中身をよく知らない人にとって、この裁判で、日本製紙の勝ち!大王製紙の負け!がきちんと伝わっているでしょうか?

 

ぱっと見、どちらが勝者なのか、また、これで決着が着いたかどうかもよく分からない、というのが本音なのではないでしょうか!

 

しかし、企業のコメントとしては、両社ともこれがベストの公表と言ってもいいのではないでしょうか。

 

事実を捻じ曲げることなく結果を公表した上で、しっかり自分たちの気持ち伝える。

 

そこには、何らの嘘、偽りもありません。ただ、商品提供者としての「覚悟」が存在するだけです。

 

実際、企業の知財部にとって、公表内容を決めることは、大変な作業なのです。ユーザを失うことなく、企業の意思を正しく伝え、逆に、ユーザを増やす文言を探し出すのは一苦労です。

 

その経験から、日本製紙と大王製紙のコメントは、全く卒がなく素晴らしい出来栄えだと感じ入る次第です。

 

しかし、このようなコメントが出せるのは、被告が勝利した時だけなのです。

 

仮に、この裁判で、日本製紙(被告)が負けた場合、ティッシュの主力商品の製造販売が出来なくなりますので、覚悟というより『お詫びのコメント』を出さなければなりません。

 

これは、負けた方にとって、相当大きなダメージになります。

 

否、広報だけではありません。主力製品の市場撤退を余儀なくされ、事業そのものが危うくなることでしょう。

 

では、この事態を避けるために、被告は、一体どうしたら良いのでしょうか!

 

答えは、判決が出る前に『和解』することです。

 

判決が出なければ、メディアが騒ぐことはありませんし、和解契約が成立すれば、その内容は守秘義務で守られ、当事者以外に漏れることはありません。

 

ただし、和解で重要なのは、そのタイミングです。

 

特に、相手から足元を見られないように、出来るだけ早い段階で和解を成立させることです。

 

しかしながら、経験上、和解に踏み切る適切なタイミングの判断は極めて難しいのです。

 

理由は、次の3つです。

 

  • そんなに簡単に負けるはずがない(過信)。
  • このまま引き下がるのは癪だ(感情)。
  • 経営層を納得させる自信がない(説得)。

 

これらの壁が立ちはだかり、和解のタイミングを狂わせてしまうのです。

 

これを避けるには、冷静になることです。

今の考えを一旦リセットして、一晩置いてから再考して見て下さい。

 

それでも、結論が変わらなければ、その時がグッドタイミングと言えます。

 

負け戦を経験した愚禿の教訓です。

ご参考になれば幸甚です。

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

日本製紙からトイレットペーパー戦争を仕掛けられた大王製紙は、HPで次のようにコメントしています。

 

『現時点で当社に訴状が届いておらず、内容を確認できておりませんが、当社は知的財産権を尊重しており、新商品の開発・発売時には特許関係についても 精査しておりますので、問題ないものと考えております(一部抜粋)。』

 

この精査が、どこまで有効なのか、静かに見守りたいと思います。

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知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

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