知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

特許で苦しめられた愚禿の手記:創刊号

2013年11月18日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 創刊号 ━━

はじめまして。企業で長年特許人生を経験した愚禿の手記です。

 

新入社員として特許部に配属され、以来34年間知財畑を歩んで来ました。

特許法の勉強に始まり、明細書の作成、特許庁とのやり取り、

国内企業や海外企業とのライセンス交渉、訴訟に裁判の証人尋問、

知財戦略の立案に社内教育等々、様々な経験をさせてもらいました。

 

最近、想うことは、・・・・特許って何だろう!?

 

現在、年間約33万件の特許申請が日本でなされています。

(昔は、もっともっと多かった・・・)

 

その中で一体何件の特許が日の目を見られるでしょう?

多くても数%程度。大多数は登録維持年金を収めるだけ。

これが実態でしょう!

 

1)では、何のために、何を求めて特許を出すのでしょうか?

 

20年以上前の半導体大盛況時代は、日米半導体戦争や日韓半導体戦争に見られるように同じスペックのICを大量生産して数多く売り裁くことで生産コストを下げて利益を得る事業戦略が主流でした。

 

確かに、この時代は特許も数の勝負で、各社とも技術者にノルマを課して特許庁から嫌がれる程件数を伸ばしていました。

 

それは、1件でも特許侵害が立証出来れば、莫大なロイヤルティを得ることが出来たからです。特許は事業戦略上、強力な武器だったのです。

 

しかし、今はどうでしょう?

 

ソフトウェアの台頭や消費者ニーズの多様化で、自分好みの製品が求められるようになり、ニーズに応じてカスタマイズされた多品種少量時代へと変化して来ました。

 

模造品を抑えようと莫大な金と時間をかけて特許侵害を見つけ出しても、得られるロイヤルティは微々たるものでしかなく、骨折り損のくたびれ儲けでしかないのです。しかも、ソフトウェアの侵害立証は困難を極め、やっと尻尾を掴んでも既に新機種へとモデルチェンジされており、独占権という特許の宝刀はもはや役にたたないのです。

 

時代は大きく変化しました。今は、数を追い求める時代ではないのです。

 

インターネットの普及は、ビジネスのボーダーレス化を引き起こし、属地主義を基本とする特許法では太刀打ちできなくなってきました。

 

企業では、経済不況の煽りから知財予算の縮小を余儀なくされ、出願件数を抑制せざるを得ません。

 

企業の特許出願をサポートする多くの特許事務所は大打撃を受けています。

 

弁理士を志す皆さんも将来に大きな不安を抱いていることでしょう。

 

2)このような時代に果たして特許は武器になり得るのでしょうか?

 

技術者から提案された発明を、新規性と進歩性だけで判断し明細書を書いているだけならば、決して有効な武器とはなり得ないでしょう。

 

特許を真に有効な武器にしたいならば、特許の「取り方、出し方、使い方」すべてを変えなければなりません。

 

特許は、登録されてから使うものではありません!

明細書を書く前から使うものだと痛感しました。

 

特許の専門家は、特許に成るか、成らないかを判断する人が多いようですが、

特許は、成るか成らないかではなく、「するか、しないか」なんです。

 

私は、「特許は4段階に進化させる」ものだと考えています。

 

アイデア → 発明 → 特許 → 資産 の4段階です。

 

企業の知財部も特許事務所も、その多くが「発明 → 特許」のステージに

注力して、特許を取ることに専念しています。

 

しかし、そのようにして取った特許の殆どは、ただ維持年金だけを払い続けて

ライフを迎えるのが現状です。

 

大切なのは、「アイデア → 発明」にする最初のステージなのです。

このステージで要求されるのが、ビジネス、即ち事業戦略です。

 

ビジネスを知らずして、ただ明細書を書くのは論外です。

 

日本の中で、クライアントのビジネス戦略を理解した上で明細書を書いている

特許事務所がいくつあるでしょうか?

 

特許事務所が、企業の事業戦略会議や経営戦略会議で知財戦略を語る例は極めて少ないでしょう。

 

特許事務所は、企業の下請けとなっているからです。これは、大きな誤りです。

 

特許事務所は、明細書の下請け業者ではなく、守秘義務を負った事業パートナーであるべきです。そのためには、事業を経験し熟知した人材が特許事務所にも求められるのです。

 

アイデアを発明に導いていけるスキルとノウハウを持った人材を持つ特許事務所こそが、日本の知財立国の実現には欠かせない存在となるでしょう。

 

そして、我が国が真の知財大国となるには、特許の登録にだけ主眼を置いた旧泰然の知財活動を改善し、時代の変化に即した活動施策に取り組む必要があると考えます。

 

そこで、外国に負けない知財立国を目指すために、次の3つを提案します。

 

  • 教育と知財の融合(学生に特許を!)

 

法律や制度の知識ではなく、「アイデアを発明に進化させる」

スキルを学生時代に習得させる。(企業に就職してからでは

遅い!)

 

学生個人が自分の権利として自ら特許を出願し、それを持って

希望の企業に就職していく仕組み作り。

 

大学には、産官学の特許ではなく、飽く迄も学生個人が考え出し

自分の権利として取得できるカリキュラムの導入が必要と考えます。

 

  • 中小企業における知財戦略の改革

 

NDA(秘密保持契約)すら満足に交渉できない中で、

特許証をただ額に入れたり、宣伝のためにだけ活用するのではなく、

戦略的ライセンスや企業価値の売り込み等に積極的に取り組んでいく

事業戦略の構築が必要と考えます。

 

  • 特許事務所の変革

 

事業戦略の重要な武器となり得る知財戦略を提言でき、事業パートナー

として企業に信頼される事務所への変革が望まれます。

 

登録することを目的とした特許明細書と事業戦略を意識した特許明細書

とでは、書き方も取り方も全く違ってきます。

 

発明が提案されるのを待っているのではなく、会社の中に入って行って

ノートやレポートの中からアイデアを見つけ出し、それを発明へと進化

させる助言のできる事務所こそが一流といえるのではないでしょうか。

 

長年、企業で生きてきた実体験をもとに、この手記を書き綴っていきたいと考えております。

 

それが、知財を志す皆さん、日々技術で苦労されておられる皆さんをはじめ外国勢に負けない強い知財立国を作ろうと取り組んでおられる皆さんにとって、少しでもお役に立てれば幸せです。

 

次回から、上に挙げた3つの提案について、それぞれ詳しく掘り下げていきたいと考えております。

 

それでは、また。

 

★ 編集後記

 

この手記に関して疑問やご質問等ございましたら、

コメントをお寄せ下さい。

 

議論を重ねることで理解を深め、更に飛躍出来れば幸甚に存じます。

知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。

RSS