━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第30号 ━━
ある夏の日、社長宛に届いた書簡が、秘書室から転送されてきた。
中身は、アメリカの法律事務所から送られてきた一通の書状である。
そこには、「貴社の製品が米国特許に抵触しているから、製造・販売を中止するか、もしくは、ライセンス料を支払うか、いずれか回答されたし。」との内容が書かれていた。
特許侵害を通達するための警告状である。回答期限は、一か月後に指定されていた。
しかし、特許侵害警告書にしては、何かが違う。
製品名の指定はあるものの、侵害を立証する証拠が添えられていない。
特許番号は記載されているが、どんな特許なのか、その内容は書かれていない。
随分と乱暴な警告状である。
ただ、製品名と特許番号が明示されている以上、通常の発明売込みとは違う扱いをしなければならない。
一体、誰が出した、どんな特許なのだろう?
まずは、出願人と権利の所有者を知る必要がある。
早速、記載されている番号の米国特許明細書を手配すると共に、書状に特定されている製品が、本当に当社の製品として存在するか否かの調査に入った。
結果、特許の発明者は、アメリカの個人(H氏)であった。
そして、書状に記載されていた製品は、確かに当社の製品で、現在米国でも販売されているものだった。
どうやら、裏は取ってあるようだ。
書簡を受け取ったことを知らせるために書状にサインしてある弁護士に返信レターを送った。
その際、当社の製品が侵害している証拠を送って欲しい旨、書き添えた。
数日後、米国の弁護士から、「特許を見れば、どこが侵害しているか明らかなはずだ。敢えて、証拠を示すまでもないだろう。」との回答が届いた。
手の内を見せない作戦のようだ。
そこで、侵害有無の調査が完了するまで、もうひと月待って欲しいと要求し、調査に取りかかった。
特許のタイトルには、「小型情報処理装置」と書かれている。
一見した所、当社製品に似ているようでもあり、違っているようでもある。
全く同じならば、諦めもつくのだが、中途半端に似ているのが、一番厄介である。
これは、特許の審査経過を見る必要があると思った。
どのような過程を経て特許が成立したのか、審査段階で引用された文献には何が記載されているのか、どのような反論をして成立させたのか、等々
じっくりと検討しなければならない。
早速、審査経過書類を取り寄せて調査に入った。
一方で、米国でのこれまでの販売実績や今後の販売予定数等の実施状況調査や、他に類似品がないかどうかのレビュー等を事業計画部と海外営業部に問い合わせた。
侵害事件には、慣れっこである。効率的に事を運ぶノウハウもある。
しかし、今回の警告は、どこかが違っていた。
それは、相手が商売をしていない個人発明家であること、そして、彼から依頼を受けた法律事務所は、我々が初めて耳にする未知の事務所であること・・・
いや、それだけではない。
一番の問題は、特許の成立までに20年近くかかっていることだ。
そう、サブマリン特許なのである。
そして、そこには、意外な事実が隠されていた。
(次号へ続く)
それでは、また。
★ 編集後記
日本特許と米国特許の大きな違いは、審査経過書類(file history)の量の違いです。日本特許は、積み上げて見ても高々数センチ、一方、米国特許は50~60センチになるものも少なくありません。
書かれていないことを主張したがる日本、
書かれていることしか主張できない米国、
この違いなのでしょうか・・・