知財と教訓

知財の教訓企業で知財業務35年の経験者が伝えたい知財戦略(知略)のヒント

解放特許を使って誕生した『豆乳おからクッキーシュー』 - 知財マッチングの妙 -:第104号

2022年8月1日

━━ 『特許を斬る!』知財経験34年 ・・・ 愚禿の手記 第104号 ━━

 

SDGsが世界中で叫ばれる中、ご近所のパン&洋菓子屋さんでSDGsを実践しているニュースを耳にしました。

 

その店の名は、「かわさきSDGsゴールドパートナー」にも認証されている神奈川県川崎市のLenさんです。

 

お店の人気商品シュークリームの新ラインナップとして開発したのが、お題に挙げたサステナブル商品の『豆乳おからクッキーシュー』です。

 

店主の開発秘話によれば、きっかけは、近所のお豆腐屋さんで日々大量に廃棄されている「おから」の存在を知ったことでした。

 

捨てられるおからをシュークリームに使えないだろうか!

 

ここから試行錯誤の試作が始まりました。

 

最も苦労したのが、吸水性の高いおからが、時間経過と共にシュークリーム生地のサクサク感を奪ってしまうため食感が落ちるという問題でした。

 

これを解決したのが、キューピー株式会社の解放特許「カルホープ」でした。

 

「カルホープ」とは、マヨネーズなどの生産で使用される卵の殻を微細な粉状に粉末化したもので、水分吸収剤としての効果があるそうです。

 

キューピーといえば、国内で生産される卵の1割を扱っている会社です。

 

本来ならば、廃棄されるはずの卵殻を再利用したのがカルホープ特許の特徴です。これに目を付けたのが、Lenの店主でした、

 

おからを含んだシュー生地に、このカルホープを混ぜ込むことで、おからの吸水性をカルホープで緩和してサクサク感を長時間持続させることに成功しました。

 

このサクサク食感のシュー生地の中に、カスタードと豆乳の2種類のクリームを閉じ込めて完成したのが、『豆乳おからクッキーシュー』です。

 

試食しなくても、噛むと同時にシュー生地のサクッという音が聞こえてきそうです。

 

「おから」と「卵殻」、どちらも使用済み廃棄されてしまうはずのものでした。

 

これらの廃棄物を食材としてよみがえらせたLenのシュークリームは、まさにSDGsなスイーツといえるでしょう。

 

 

ところで、Lenの店主とカルホープ特許の出会いは、川崎市が推進している知的財産マッチング事業だったようです。

 

この事業は、大企業の「知」と中小企業の「技」を繋ぐための『出会いの場』を提供するもので、大企業が保有する知的財産を中小企業に紹介し、中小企業の技と組み合わせて新製品の開発を支援する知財サービス事業といえます。

 

さらに、マッチングが適合した大企業と中小企業の契約や資金獲得を支援する等のコーディネートも行っているようです。

 

知財マッチングは、無形資産である知財を世の中に広く流通させる取り組みとして評価できる事業で、知財のSDGsとも呼べる代物だと思います。

 

ただ、大企業の知的財産を中小企業に開放するのを建前にしていますが、使える知的財産を使いたい人に紹介するのであれば、開放特許の対象を大企業だけに限定する必要はないのでは???と思うのですが・・・・

 

それよりも、大企業や中小企業を問わず、開放しても良い特許をスマホのマッチングアプリを使って全世界に公開するようにした方がより効果的ではないでしょうか。

 

例えば、個人起業家のアイデア特許を大企業と一緒に実現したり、あるいは、

中小企業の特許を大企業にライセンスして事業資金を稼いだりしてもいいのではないでしょうか。

 

そして、知財マッチングアプリのサイト運営を知財事務所が担うことで、出願中の特許を目的とする事業形態に即した形で権利化したり、悪意ある模倣者に対して法的手段で対抗することも出来るようになります。

 

さらに、企業の中の埋没特許や未成熟特許は、放棄か取下げの憂き目に遭うのが常ですが、その中には出願人も気付かない隠れたアイデアがあるかも知れません。

 

そんなアイデアを、第三者の眼で捉え直すことで冒頭のシュークリームのように廃棄特許をよみがえらせることが出来ると思いませんか?

 

知的財産は、それを考えた人よりも、それを必要とする人の方がもっと上手に使いこなせるという事例は沢山あります。

 

それが、「発明は必要の母」と言われる所以です。

 

なお、これは私見ですが、本来廃棄するはずの特許を開放するには、特許の維持費用がかかります。

 

費用削減のために廃棄を検討している特許に維持費がかかってしまうのでは、企業としては本末転倒です。

 

従って、高い維持費をかけてまで知財マッチングアプリを利用しようとする人は少ないでしょう。

 

そこで、国に対しての要望です。

 

解放特許に対しては、その維持費を割安にする制度を是非とも検討してもらいたいものです。

 

そうすれば、知財のSDGsがもっと早くもっと広く世の中に浸透すると思います。

 

そんな日が一日でも早く来ることを祈願して!

 

 

 

それでは、また。

 

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★ 編集後記

 

現在、私が通っているリハビリセンターの患者さんの親戚筋にあたるのがLenさんだそうです。

 

体幹を鍛えるためのバランスボールに乗って前後左右にゆらゆら揺れている時、耳にしたのがシュークッキーの話でした。

 

これは、ブログのネタになると小躍りした矢先、転倒しそうになって冷や汗ものでした。

 

どんな時でも冷静さを忘れてはいけませんね(反省)。

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知財法務コンサルタント
堤 卓一郎

埼玉大学理工学部電気工学科卒
日本電気株式会社に入社。以来34年間知的財産及び企業法務に従事し、 特許技術部長、知財法務事業部長、監査役を歴任。在籍中は、多くの国内及び海外企業との知財関連訴訟やライセンス契約の責任者として事件解決や紛争処理に努め、一方で「取得」主体の知財活動から「活用」に主眼を置いた知財戦略や知財活動、教育の改革に取り組む。また、企業法務の責任者として、コンプライアンスやコーポレートガバナンスの管理・運用に従事。半導体事業及びパソコン等のパーソナル事業に精通。